好きよりも、キスをして


「(ありがとう沼田くん。ありがとう緋色)」



ただ涙を流す授業は、とても長く、だけどなぜだか短くも感じた。

だけど、時間の流れさえ乱す力が、恋にはあるのだと。私はその時、初めて知ることが出来たのだ。



「(緋色、私、また一つ知らないことを知ることが出来た。緋色のおかげだ)」



顔を伏せたまま、瞬き一つ。

速いスピードで落ちた涙は、机に置いたハンカチに、音もなく。静かに染み込んでいくのだった。



そして、その夜。



ブザーは、鳴らなかった。

夢の世界に行くことも、緋色に会うことも。

何一つ、私の願いは叶わなかったのだった。


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