好きよりも、キスをして






――現実では喋れねーんだよ、俺

――声が出ねーんだ。病気にかかって以来、ずっとな



ブー



「ハッ……っ!」



目が覚める。

昨日と同じく、私は汗をかいていて……行き場のない手は、また天井に向かって伸びていた。

見渡すと、ここが私の部屋だと分かる。「ホッ……」無事に戻って来れたと、安心した。


だけど――



グッ



天井に向かった手を、強く握る。そして小さな声で呟いた。



「夢だけど……現実……。静之くん……」



静之くんは、喋れない――衝撃だった。ビックリした。いや、ビックリなんてもんじゃなかった。

だけど、その言葉は、私に「なるほど」と納得も運んだ。



「私と沼田くんの間に入ってきてくれた時も、クラスの女子がぶつかって謝ってきた時も……静之くんは、喋ってなかった。

私、それを見て、てっきり……」



天井に伸ばしていた手を降ろし、中を見る。

手のひらには、昨日、沼田くんに「カンニングだ」と指摘された後、慌てて消したボールペンの跡があった。

その場限りのウェットティッシュと、晩のシャワー浴だけでは落ちなかったボールペン。それが、まだ少しだけ黒い点々として残っていた。

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