好きよりも、キスをして
◇
――現実では喋れねーんだよ、俺
――声が出ねーんだ。病気にかかって以来、ずっとな
ブー
「ハッ……っ!」
目が覚める。
昨日と同じく、私は汗をかいていて……行き場のない手は、また天井に向かって伸びていた。
見渡すと、ここが私の部屋だと分かる。「ホッ……」無事に戻って来れたと、安心した。
だけど――
グッ
天井に向かった手を、強く握る。そして小さな声で呟いた。
「夢だけど……現実……。静之くん……」
静之くんは、喋れない――衝撃だった。ビックリした。いや、ビックリなんてもんじゃなかった。
だけど、その言葉は、私に「なるほど」と納得も運んだ。
「私と沼田くんの間に入ってきてくれた時も、クラスの女子がぶつかって謝ってきた時も……静之くんは、喋ってなかった。
私、それを見て、てっきり……」
天井に伸ばしていた手を降ろし、中を見る。
手のひらには、昨日、沼田くんに「カンニングだ」と指摘された後、慌てて消したボールペンの跡があった。
その場限りのウェットティッシュと、晩のシャワー浴だけでは落ちなかったボールペン。それが、まだ少しだけ黒い点々として残っていた。