惑溺幼馴染の拗らせた求愛
前編
1
「麻里、俺と結婚してくれ」
「お会計、千二百円です」
開口一番、プロポーズされた麻里は動揺することなく平然と電子レジを操作すると、画面に映し出された合計金額を告げたのだった。
よりにもよって昼時の最も忙しい時間帯にプロポーズしてくるなんてどうかしている。
レジ待ちの列に並ぶ客の中には、プロポーズの場面に遭遇し、あからさまに好奇な視線を向けてくる者もいた。これではいい見世物だ。
沢渡麻里は今しがた買われたばかりのサンドウィッチをレジ袋に入れ、空気を読まずにプロポーズをしてきた張本人に手渡した。
「お出口はあちらですよ、お客様」
冷ややかな笑顔を顔に貼り付け容赦なく退店を促すと、男は困り果てたように眉を下げた。
「麻里……」
「今は忙しいから後にしてよ、明音」
麻里が本気のトーンで怒気を吐き出すと、明音は渋々引き下がり店から出て行った。しょぼくれた後ろ姿に構うことなく、後続の客に声を掛ける。
「お見苦しいものをお見せして大変申し訳ありませんでした。お次の方、どうぞ」
実際、麻里には明音に注意を払う余裕はなかった。
自治体が発行するフリーペーパーに掲載された影響か、コツコツと続けてきたSNSでの宣伝活動のおかげかは分からないけれど、"サンドウィッチ工房 SAWATARI"にはここ数日こちらの見込みを大きく上回るほどの客が訪れてきている。
特に昼時ともなると接客担当である姉の栞里だけでは手が回らず、調理担当の麻里まで駆り出される始末だ。
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