惑溺幼馴染の拗らせた求愛
「仕事、大変そうだね」
明音は暇が出来るといつもパソコンと睨み合っていた。いわゆるサラリーマン的な働き方をしたことがない麻里にとって、デスクワークは未知の世界だ。
「土地貸しなんて他人が稼いだ上前を跳ねるだけで大した仕事じゃない」
明音の声はまるで氷のように冷たく、表情は固く強張っていた。いつも見せている優しい顔とは正反対だった。麻里は驚きを隠せなかった。
「続きは部屋でやる。風呂入って早く寝ろよ」
麻里はノートパソコンと書類を抱えて両親の部屋の中に入っていく明音の背中を見送ることしか出来なかった。
自分の家業のことをあんな風に悪く言う明音を麻里は知らない。
麻里の知る明音は……槙島さんちの後継ぎで、いつも冷静で、頭が良く、皆から慕われる優等生。それがすべてだ。
勝手に何もかもわかったような気になっていたが、果たして麻里は真に明音を理解していると言えるのだろうか。
九回もプロポーズされているというのに、麻里はこの時初めて、明音と離れていた十年という年月の長さを感じたのだった。