惑溺幼馴染の拗らせた求愛
「麻里、麻里ってば……!!溢れてる!!」
栞里に揺り動かされ我に返って手元を見ると、計量カップからオリーブオイルが大量に溢れていた。調理台にできた琥珀色の水たまりには虚ろな表情の自分が映っていた。
「麻里、ちょっとこっちに来なさい」
見るに見かねた栞里は麻里を調理場から連れ出し、イートイン用のカウンター席に座らせた。
「お待たせ。熱いから気をつけて」
栞里がココアの入ったマグカップを差し出した。麻里が落ち込んでいる時は大体これと決まっている。
裏通りの目の前にあるカウンターに眩しい朝日が差し込んでくる。キラキラと光が反射して、荒んだ心に一時の癒しが訪れる。
「明音くんと話したの?」
「うん。出て行って欲しいって言った」
「麻里はそれでいいの?」
麻里は無言になった。自分の決断に納得していたら、あんな腑抜けた顔になっていない。
「私ね、お父さんが亡くなった時に後悔したの。不思議ね。実家が惣菜屋っていうのが嫌で銀行に就職したのに、もうお父さんの作った惣菜が食べられないんだって思ったら途端に惜しくなった」
栞里の穏やかな横顔の中にはひとしずくの寂しさが滲んでいた。
「だから、同じ思いを麻里にはして欲しくないのよ。失ってしまったものは容易く戻ってこないから……。私には麻里がいたから、父さんの味を取り戻すことができた。でも、明音くんは?今ここで手を離してしまったらもう彼は取り戻せない」
栞里は麻里の肩を優しいポンと叩くとひとりで調理場に戻って行った。栞里の言わんとしていることは麻里にも痛いほどわかった。