惑溺幼馴染の拗らせた求愛

 ”槙島さんち”のおぼっちゃまと結婚なんて出来るはずないじゃない……。

 明音は槙島家の当代の長男であり、期待の後継者だ。
 槙島家は江戸時代から続く地元の名士として広く知られている。この辺りで商売をしていて”槙島さんち”の愛称を知らない者はいない。駅前を含めたこの辺り一帯はほとんど槙島家の所有する土地で、店も麻里の実家も槙島家と借地契約を結んでいる。
 明音は某有名私立大学卒業後、父親が社長を務める槙島家の関連会社に入社し、現在では資産管理部門を一手に任されている。
 輝かしい出生を誇る明音に対し、麻里は惣菜店を営む夫婦の次女として生を受けた。
 地元の公立高校を卒業後、大学には進学せず調理師の専門学校に二年間通った。就職先は当然のように両親の経営する惣菜店だ。
 同じ家族経営でも天と地ほどに差がある。
 生まれも育ちも異なる麻里と明音がなぜ幼馴染なのかというと、二人は同じ小学校出身なのだ。卒業までの六年間、机を並べた仲だ。
 病気がちだった息子を心配した明音の母が遠くの私立小学校に通わせることを嫌がったため、明音は地元の公立小学校に入学を余儀なくされた。
 入学当初、明音はよく男子に槍玉にあげられていた。
 表情も暗く、何を考えているのかわからない明音を周りは異物として扱った。そんな明音を庇うのは自然と麻里の役割になった。
 戸惑う明音を連れまわし遊んだり走ったり、本人が文句を言わないのをいいことにやりたい放題。
 今思えば、余計なお節介だったのかも。
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