惑溺幼馴染の拗らせた求愛
「ふあ……」
麻里はこの日何度目になるかわからない欠伸を噛み殺した。昨夜も遅くまで離してもらえなかった。明音も麻里と同じように眠気眼で会社に向かった。きっと今頃欠伸をしているに違いない。
「首の後ろ、赤くなってるわよ。虫刺され?」
「えっ!?」
隣で仕込みをしていた栞里に指摘され、見えもしないのに首の後ろに目をやる。虫に刺された覚えはない。そもそも真冬に虫が出現するはずもない。明音という名の悪戯好きの仕業に違いない。マズイ。
「さ、刺されてたなんて……全然気が付かなかった~」
シラを切ろうとすればするほど、栞里の目が座っていく。麻里の反応を見る限り、単なる虫刺されではないことは明らかだった。怒られると覚悟して首をすくめ身構えるが、なぜか雷は一向に落ちてこなかった。
「……まあいいわ。麻里が幸せなら別に構わないもの。こうなるかもってわかっていて泊まるのを許していたわけだし」
「お姉ちゃん……」
「その代わり仕事だけはちゃんとしてね」
「うん、ありがとう」
栞里が二人の惑溺を大目に見た理由を麻里とて理解していた。
「縁談の話はどうするつもりか聞いたの?」
「ううん。結局、私に出来るのは明音を好きでいることだけだから……。信じて待つことにしたの」
「そう……。何とかなるといいけど……」
恋にうつつを抜かす日がやってくるとは思わなかった。この先どうなるかわからないこの状況で、麻里は目の前にある幸せに溺れていた。溺れて溺れていつか息ができなくなって死ぬ日がやってきても後悔だけはしたくない。