惑溺幼馴染の拗らせた求愛
水の上を揺蕩うような幸せはそう長くは続かない。終わりはいつも突然やってくる。
「はあ……行きたくない」
「毎朝言ってて飽きないの?」
明音はコタツに潜り込みグズグズ言って出社しようとしなかった。会社に行きたくない。やっと想いが届いたのだから、日がな一日中蜜事に耽っていたい。が、悲しいことに想い人本人である麻里が許してくれない。
「今日の夕飯はコロッケにしてあげるから、ほら頑張って行ってきな」
麻里は明音を甘やかすように、背中を叩いた。明音は渋々コタツから出ると、鴨居に吊るしてあったスーツに着替えた。
「おかわりするから多めに作ってくれ」
「了解」
麻里の腰を抱き頬にキスをすると会社へと向かう。沢渡家からは歩いて十分もかからない。槙島の関連企業で働く明音の職場は槙島スカイタワーの十二階にある。
空高く聳え立つ複合ビルを見上げる明音の前に一台の車がゆっくりと停車する。
「明音様、お迎えに参りました」
「随分と早い迎えだな」
運転席から出てきた黒いスーツを着た男とは顔見知りだ。槙島家の使用人だ。
「これでもかなり時間を与えたつもりだけれど……。気は済んだのかしら?」
車の窓が下がり、明音の母が顔を出す。明音を小馬鹿にするような鼻につく笑い方だった。心底嫌になる。
「……麻里とSAWATARIには絶対に手を出すな。何かしたら容赦しない」
明音はなんら抵抗せず、大人しく迎えの車に乗り込んだ。自分の母親の強引さを誰よりもよく知っていたからだ。麻里本人と店の悪評を周囲にばら撒くぐらいは簡単にやってのけるだろう。
あーあ……。コロッケはお預けだな……。
しばらく会えないとわかると、先ほどまで腕の中にあった麻里の温もりがもう恋しくなった。