惑溺幼馴染の拗らせた求愛


 明音と粧子の結納の日がやってきた。連日雪でも降り出しそうなどんよりした曇り空だったが、こんな日に限ってよく晴れた。

「晴れてよかったわね、明音」

 明音は母親に話しかけられても、しかめ面で返事をしなかった。晴れでも雨でも、雪でもなんでもよかった。スマホを取り上げられ、ホテルに一週間も缶詰にされていた明音にとって天気の話題など最早どうでもいい。

「奥様、まだ時間もございますし全員が揃うまで明音さんとお庭を散歩してきてもよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ。槙島パークホテル自慢の庭です。楽しんでらして」

 明音の母は上機嫌で粧子のお願いを快諾した。粧子が言い出してくれてちょうどよかった。明音も粧子に言わなければならないことがある。
 明音と粧子は揃って控室から出ると、槙島パークホテル自慢の日本庭園に向かった。有名な造園家を呼んで作らせた庭は、身内の贔屓目なしでも素晴らしい出来だった。これから粧子の尊厳を傷つけるような酷い話をするのがより一層忍びない。
 明音は庭を流れる小川に掛かる橋の上で立ち止まった。

「粧子さん、すみません。やはり俺は貴女とは結婚できません。申し訳ありませんが、これをうちの両親に渡してくれませんか?」
「これは……なんですか?」
「絶縁状です。俺が相続するべき財産は全て弟に譲ると書かれています。法的手続きもほとんど終わりました」
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