惑溺幼馴染の拗らせた求愛

 日本庭園から控室に戻ると既に両家が勢揃いしていた。明音の両親と弟。そして粧子の両親だ。結納が行われる胡蝶蘭の間には新郎側が先に入る。結納品の準備が終わると、新婦側がやって来た。
 粧子を信用していないわけではないが、この期に及んで麻里に何ができるというのだろう。

「本日は……」

 明音の父による結納の口上が始まり、諦めかけたその時だった。

「その結納、ちょっと待った!!皆さん、大事な人をお忘れではないですか?」
「麻里……!!」

 麻里が入口から現れ明音は思わず椅子から身を乗り出した。

「遅れてごめんね。車椅子だと色んなところを迂回しなきゃなんなくて遅れちゃった」

 麻里はそう言うと、傍らの車椅子を手前に押した。車椅子には老婆が座っていた。動揺が新婦側の席に広がっていく。

「こちら粧子さんの大叔母さんのモト子さんです。モト子さん、私からお話しさせてもらっていいですか?」
「ん」

 モト子と呼ばれた老婆は言葉少なに頷いた。粧子の大叔母といえば槙島家が立ち退きを進めている地域の地権者である。そもそもこのふざけた縁談は彼女の発言によるものだ。

「まず、モト子さんが粧子さんと槙島家のご子息との結婚を望んだのは、吾郎さんのお孫さんなら粧子さんを幸せにしてくれると思ったからなんだそうです」
「ん」

 吾郎というのは明音の祖父であり、先代の槙島家の当主である。

「でも、それが結果として明音と私の仲を引き裂くことになるなら結婚の話は白紙に戻していいと」
「ん」

 明音は大きく目を見開いた。まさか、そんな……。こんなことがあっていいのか?

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