惑溺幼馴染の拗らせた求愛
「あの古民家に関しては今後は粧子さんに一切を任せて、ご自身は介護施設に入所するそうです。ケヤキの木さえ伐採せずに後の世に残してもらえれば心残りはないとおっしゃってます」
「粧子」
「はい、大叔母さん」
モト子は膝の上にのせていたバッグから書類一式を取り出すと粧子に渡した。
「あんたに預ける。いつどこの誰に売るかはあんたが決めなさい」
モト子の土地を槙島に売るか売らないかは今や粧子に託された。粧子の両親から悲鳴と罵声が上がる。
モト子はそれらを一切無視すると呆然としている明音に目線を向けた。
「あんたが吾郎さんの孫かえ?よう似とるの……」
温かな瞳で見つめられ、明音は面食らった。祖父は明音が生まれる前に亡くなっている。似ているという理由だけで無条件で親愛の情を抱かれるなんて、祖父とモト子はどれほどの絆で結ばれていたのだろう。
胡蝶蘭の間は大混乱に陥った。モト子が粧子に渡した権利書は間違いなく本物だった。結納まで進んでいた縁談を一旦白紙に戻すか、戻さないか。両家の思惑が錯綜し、結論はすぐに出そうになかった。麻里は大人気ない大人達を一瞥すると、モト子の耳元で語りかけた。
「モト子さん、帰りましょうか」
「俺も手伝う」
明音は麻里に代わりモト子の車椅子を押し、地下にある駐車場へと向かった。駐車場には鷹也と鈴菜が待機していた。明音を見るなり鷹也が大声で宣言した。