惑溺幼馴染の拗らせた求愛

「おい、槙島。これは貸しだからな。お前、家電は今後絶対うちの店で買え」
「ずるい、私も!!フルーツ盛り合わせがご用命の際は小澤青果店までよろしくね〜槙島くん!!」

 車椅子のまま乗り込めるタイプの介護用のバンにモト子を乗せると、鷹也達はエンジンをふかして走り去っていった。
 明音は黙ってバンを見送った。展開が早すぎて、まだ頭が追いついていない。

「聞きたいことが山ほどある。どうやってあの人を説得したんだ?うちの不動産部門の人間が日参しても、ろくに口をきいてもらえなかったらしいが……」

「え、普通にお家にお邪魔してお喋りしただけだよ?私も知らなかったんだけどお母さんと茶飲み友達だったらしくて、うちの惣菜のレシピのいくつかはモト子さんのものなんだって」

 明音は愕然とした。相場より高額を提示してもピクリとも反応しなかったあの老婆と、楽しくお喋りだと……?

「それだけ……?」

「それだけとは失礼な!!結構大変だったんだよ。モト子さん、年齢の割には頭もはっきりしているけど、耳が遠くて寡黙な人だからさ。自分の話はしたがらなくて……でも、絶対話せばわかってくれるって思ってた。愛する人と引き離される辛さは一番知ってると思うから」

 あれだけのことをしでかしておいたくせに、麻里はいつものように笑った。かと思いきや、次の瞬間には不安そうに明音のスーツの裾を摘んだ。

「あの……結納をぶち壊しちゃった後で今更なんだけど……実は粧子さんと結婚したかったってことはない……よね?」

 もう言葉にならなかった。愛しさで頭がパンクしそうだった。明音は胸ポケットの中に入れていた絶縁状をゴミ箱に放り投げた。

「最高だよっ、麻里っ!!」

 明音は麻里を空高く抱え上げ、頬に目一杯口づけした。
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