惑溺幼馴染の拗らせた求愛


「ねえ、これは持っていくの?」
「本は全部置いてく。デスクの上のディスプレイも」

 槙島パークホテルの一件からひと月後。
 街には煌びやかなイルミネーションが溢れ、クリスマスソングが高らかに歌われる季節になった。
 この日麻里は槙島スカイタワー最上階にある明音の部屋にやってきていた。
 明音と粧子の縁談は結局破談になった。土地の売買を一任された粧子の意思を尊重する形になった。
 粧子のとりなしもあり、麻里には一切のお咎めはなかった。強いて言うなら、介護施設に入所できるまでモト子の元へ週に一度惣菜を届ける役目を仰せつかったぐらいだ。
 明音は槙島家の後継ぎの座を弟に譲り、この部屋からも出て行くことになった。表向きでは一連の騒動の責任をとるという理由になっているが、本当は前々から考えていたらしい。
 明音の表情は晴れ晴れとしていた。
 これを機に、槙島家の後継ぎ時代に築いた人脈を使って新たに店舗経営を始めようと考える若者と事業継承に困る個人商店をマッチングする事業を新たに立ち上げる予定だ。粧子との縁談に決着がつくまではと、大人しくしていたが密かに準備を進めていたそうだ。
 明音の新居は槙島スカイタワーから徒歩十分の位置にある沢渡家だ。自動通報装置の工事も終わりもう番犬の真似事をする必要はないけれど、栞里に許可をもらい同居生活をしばらく続けさせてもらうことにした。
 引っ越し作業は業者を使わず自分達で行う。明音の新事業が軌道に乗るまでは、なにかと出費を抑える必要があるからだ。今日は微力ながら麻里も荷物整理の手伝いにやってきていた。
 
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