冷徹パイロットは極秘の契約妻を容赦ない愛でとろとろにする
人けの少ない薄暗いホテルのロビーに降りてきてどれくらい時間が経っただろう。
鑑賞用の人工滝を眺めていると、よく知る香りが鼻をかすめた。
「伊織……お前、こんな時間に大丈夫なのか」
「そういう駆もね」
伊織も寝つきが悪かったらしく、優れない顔色で俺の横に座った。
「あの後、安奈ちゃんと話したのか?」
「いや、電話にも出ないし、部屋をノックしても反応がない。体調が心配なんだが」
「大丈夫だよ、俺のところにはメッセージが来てたから。今日は早く寝るって」
伊織から告げられた事実に、やはりもやっとした感情を抱いてしまう。
しかし後からやってきたのは嫉妬心というよりも悲しみだ。
安奈は傷つき、俺とは話したくないという事実を突きつけられて。
「駆はいい加減自信を持ったほうがいい。安奈ちゃんはお前のこと、ちゃんと好きだよ」
「え……?」
「大切な人だって照れてたんだから。食事してる時に」
伊織は呆れたように笑って、肩を叩いてきた。
さっきまで冷え切っていた心に血が巡っていく。
伊織からは他にも、俺と一緒に生活していて楽しいと言っていた事実を聞いた。
直接言われてはいないが、やはり舞い上がってしまう。
「俺は、五年間安奈を想い続けていた。訳もなく彼女に惹かれたんだ」