冷徹パイロットは極秘の契約妻を容赦ない愛でとろとろにする
心に決め、その場に立ち上がる。
伊織と離れる直後、ふいに昨日の記憶が蘇った。
「そういえば、有紗と偶然街で遭遇して食事してきた」
「聞いたよ。安奈ちゃんとのこと打ち明けたんだって?」
「ああ、もうそういう時期だろう。ちゃんと俺の口から伝えられてよかった」
有紗が伊織と結婚する前に、俺が安奈と結婚していることをちゃんと話す絶好のチャンスだったからだ。
有紗は思い当たる節があった様で、さほど驚いていなかった。
『村瀬さん、最近イキイキしてたからそういうことだったのね。お幸せに』
そう言ってくれた有紗の笑顔は温かかった。
すると伊織は鼻で小さく笑う。
「有紗、ショックを受けていたんじゃないか」
「何を言ってるんだ、気持ちよく喜んでくれたよ。お前こそ自信を持て」
「……ああ」
三十年来の付き合いになる有紗は大切な存在だが、俺が彼女に対して恋愛感情を抱いたことは一度もない。
初めて接した女性が有紗で、幼い頃に彼女と結婚したいと口癖のように言っていた時期もある。
――が、それが家族愛に近いものだと気付いたのは中学生の頃。
しかし有紗は違った。航空学校に入学し実家を離れる直前まで、彼女から幾度となく告白されたが、俺は一度も首を縦に振ることができなかった。有紗も踏ん切りがついたのか、CAになるべく留学した。
「確かに、有紗は俺を選んでくれたんだから」
「そうだ。じゃなきゃ結婚なんてしない」
そう言って俺は伊織と別れた。
有紗を想い続けていた伊織は、彼女と結ばれるべく、常に弛まぬ努力を続け俺へ対抗心を燃やし続けた。
その努力が実を結び、ふたりは本当の夫婦になるのだ。
(有紗とふたりで会うのはこれで最後だ。安奈がとても気にしていたからな)
先程の安奈の言葉の真意は分かりかねるが、何か誤解をされている。
伊織への当てつけで結婚なんてするはずがない。
安奈と結婚したいからした、ただそれだけだ。