冷徹パイロットは極秘の契約妻を容赦ない愛でとろとろにする
その日は結局彼女に話しかけることはできなかった。
翌朝からは、いつもの如くすれ違いの日々が始まり、安奈と一言も話せずに数日が過ぎていき――。
「やっぱり元気ないな。新婚だとは思えない」
今日は定期的に行われるシミュレーター訓練の日で、蒲田にあるトレーニングセンターにいる。
訓練が無事に終わり食堂で昼食を摂っていると、黙っていた伊織が不審そうな顔で覗き込んできた。
「ああ、悪いな暗くて」
「喧嘩でもしたか? そういう時は男の方から謝って、女の子の不満を吐き出させてあげなくちゃ」
「どの口が言っているんだ」
呆れてため息が漏れる。
三カ月くらい前だっただろうか、伊織が婚約者である菅原有紗と喧嘩をし、婚約破棄になりかけたのは。
それを俺が仲介に入り、なんとか踏みとどまらせたのだ。
「そういえば、そろそろ安奈ちゃんに伝えてもいいかな、俺たちが結婚するってこと。あと有紗にも兄貴が安奈ちゃんと結婚したこと」
伊織がエビフライを食べながらこちらを向く。
俺は古くから友人の有紗にも、安奈と結婚したことを伝えていない。
契約結婚が決まった時は、ちょうど伊織が有紗と大喧嘩中だったということもある。
……が、一番はどこから情報が洩れるか分からないからだ。
「そうだな、近い未来家族になるんだし。よかったらふたりで家に遊びにきてもらってもいい」
「分かった。それまでに仲直りしといてよ」
「…………」
安奈と仲のいい夫らしく言ってみたはいいが、家での俺たちは完全に他人だ。
むしろ結婚に向けて動いていた時の方が、互いに必死で明るい雰囲気を保っていた気がする。