一条さん結婚したんですか⁉︎
はい。先日入籍致しました。
「すみません....旦那の忘れ物を届けに来たんですが。」
それは嵐の前の静けさ。大企業の高層ビル一階ロビー。
ランチタイムの直前は、人気は少なく静かである。
会社の窓口、顔と言って過言ではない花形職の受付嬢は、訪れた女性の容姿を舐める様に見回すと、勘付かれぬ様に鼻で笑った。
「畏まりました。取り継ぎますので、旦那様の部署とお名前頂戴致します。」
伸ばしっぱなしの清潔感の無い黒い髪、前髪が顔の大部分を隠す。
化粧気の無い口元は血色が悪く、おどおどと俯きながら瞬きを繰り返す目付きは、円な奥二重。
小動物を想わせるが、まあ何せ地味だ。
某ファストブランドの量産型の灰色パーカー。中のTシャツは、センスの悪い柄物。
彼女が抱き抱える小さなバッグは、見るからに弁当箱だ。
こんな女の旦那だから、きっと事務系のモブに違いないわ。と、その女と旦那とやらを小馬鹿にする受付嬢の女。
だがしかし、そんな考えを覆すどんでん返しが待っていた。
「ーーー営業部の一条です。」
「....はい?」
一条という社員は、この大企業内でたった一人だけ。
いや待てよ、と受付嬢は異なる可能性を視野に入れるも....。
「一条 美郷です。連絡してもらえますか?」
これは何かの間違いじゃないだろうか。
きっと自分以外も満場一致に違いない。
超大手企業の営業部係長代理。齢三十手前にも関わらず、猛者達に差をつけて昇進を続けるエリート中のエリート。
だけど、仕事が出来るからと威張りもせず、寧ろお荷物社員に率先してフォローを入れる懐の深さ。
そして見た目も超が付く程のナイスガイときた!さあ、女性諸君が黙ってない。
だがしかし、誰しもが一条氏を誘惑するものの、誰も落とす事が出来なかった。
気付けば、一条さんは目の保養。抜け駆け厳禁!などと暗黙の了解が出来る程、憧れの存在とされていた....。
そ、れ、な、の、に、だ‼︎
「あの〜....大丈夫ですか?」
受付嬢は一瞬フリーズしていた。俄に信じ難い人物が目の前に出現したのだ。
目の前で左手を振った地味女の指には、キラキラと輝くダイヤモンド。
左手、薬指....。
(え、本気で結婚しちゃったんですか⁉︎)
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