一条さん結婚したんですか⁉︎
―――――――――「失礼します....おはようございます。」
ところ変わって、ビルの最上階。社長室へとやって来た氏は、矢鱈と分厚くて重量感を増した通勤鞄をぎゅっと握りしめると、意を決したようにその扉を開いた。
中には魂が抜けた様な状態の社長が、椅子の背に凭れて天井を眺めながら反り返っている。
「....ぁ....いちじょーくん?....の....まぼろしだ~。あはは....。」
声色で氏だと判別がついた様子だが、否かに信じ難い。あの一条を怒らせてしまったのだから、もう二度と自分の目の前に姿を現す事はないのだと....社長は薄ら笑いを浮かべていた。
(重症だな....。)
氏は、大きな溜息を吐き捨てると、社長の居る場所へと近付いた。
花よりは数センチ高いだけの小太りのおっさん。
大企業の社長として、表面上はやり手だのなんだのと持て囃されている大物だが、実際はそんな大それた人物ではなく、社交を第一にしてるだけのただの見栄っ張り。
業務提携の為ならば、社員の色恋をも利用する大馬鹿者だ。
自分の懐が満たされれば、他人の気持ちなど、どうでも良いとさえ思わせる口振り。
この社長には本当に振り回されてきた。
会社内で遇う度に、やれ『○○社の御令嬢はいいぞ~』だの『結婚するなら、いいとこのお嬢さんだよな。』だの....。
五月蠅い....。そう、五月蠅いのだ。
確かに普通の男ならば、夢の様な逆玉の輿。出世街道は開け、あわよくば御相手側に就いて、跡取りになれるかもしれないと希望を抱く。
平民は所詮、貧民と大した差はない。どんでん返しが起こらない限りは、平民又は....没落して大貧民になる可能性しかないのだ。
時に、才を持つ者は、己の人生を切り開く者も居るが....それが成功を期して、大富豪に伸し上がった事例は、まあ低い。
上級国民のお零れを貪って、服従し続ける事が一般的とされている。
そんな中で利口な奴は、頭を使い掌の上で転がすのだ。
そう....俺みたいな奴は、イエスマンだと見せかけて、着々とその地位に近付いている。
気付いた時には、自分の血肉を貪り尽くされて、身動きが取れなくなっていた。
それ程の大ダメージを与えるだけの影響力を得ていたんだ。