星と月と恋の話
鬼が出るか蛇が出るか鬼ババが出るか、と身構えていたら。

結月君が襖を開けた先に、待っていたのは。

思わず、「えっ」という声が出そうになった。

畳敷きの和室の中には、布団が一組敷いてあって。

そこに、和服姿の女の人が寝ていた。

「母さん…戻りましたよ」

結月君は、その人を「母さん」と呼んだ。

じゃあ、この人が…結月君のお母さんなんだ。

結月君のお母さんは布団に横たわったまま、首を回してこちらを向いた。

結月君のお母さんと目が合って、私はドキリとした。

すると、結月君のお母さんは、敷布団に手を付き、ゆっくりと起き上がろうとした。

すかさず、結月君がその傍に駆け寄り。

お母さんが起き上がろうとするのを、身体を支えてあげていた。

「無理に起きなくて良いよ」

「大丈夫よ…。折角お客様がいらっしゃったんだもの。寝たまま挨拶する訳にはいかないわ」

「でも、今日は具合が…」

「大丈夫。朝よりはマシになったわ」

結月君は、心配そうな顔でお母さんを見つめていた。

具合って…。

もしかして、結月君のお母さんって…。

「こんにちは」

不意に話しかけられ、私は再びドキッとした。

い、今の、私に言ったんだよね?

「こ、こんにちは…は、始めまして」

私は慌てて、正座して挨拶した。

「あなたが結月のお友達なのね」

「は、はい…」

「可愛らしいお嬢さんだこと」

そう言って、結月君のお母さんはにっこりと微笑んだ。

鬼ババかも…なんて思っていた自分が、途轍もなく馬鹿らしい。

鬼ババなんかじゃなかった。

こんなに上品で気品のある女の人を、私は初めて見た。

化粧もしてなくてすっぴんで、しかも顔色も良くないのに。

微笑むその顔は物腰柔らかで、穏やかで、優しかった。

こんな人って、いるんだ…。

それに、何より。

「良いから、寝ててください」

結月君は、お母さんを労るように言った。

「良いのよ、大丈夫。結月のお友達と、もっとちゃんとお話したいのよ」

「でも…」

結月君の、この心配そうな表情。

心から、お母さんを心配しているのだと分かった。

「具合が悪くなったら休むわ。それなら良いでしょ…。それより、お客様にお茶を持ってきてあげて」

「…分かった」

渋々頷いて、結月君は立ち上がった。

そして、くるりとこちらを向いた。

「少し待っててくださいね。お茶、淹れてきますから」

「あっ、お、お構いなく…」

そのまま、結月君は襖を開け、部屋を出ていった。

…。

…結月君のお母さんと、二人きりになっちゃった。
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