星と月と恋の話
すぐ直しますね、っていうのは。

2、3日で直しますね、っていう意味だと思ってた。

まさか本当に、今すぐ目の前で直してくれるとは。

仕事が早い…。さすが三珠古着リメイク工房。

結月君の手は、魔法のように針と糸を操り。

昔懐かし足踏みミシンを駆使して、テキパキとワンピースを直していた。

速い、速いぞ。

私だったら、そのミシンの速さに置いてけぼりにされて。

訳の分からないところを縫いまくって、ミシンを大暴走させる自信がある。

大体、うちにあるミシンなんて、数えるほどしか使ったことないもん。

最後に使ったのはいつかな…。

家庭科の授業で、エプロンか何かを作ったときが最後かもしれない。

エプロンって言っても、家庭科の授業用の「エプロン作成キット」みたいな奴だからね。

決められたところをただ真っ直ぐ縫って、紐を通して出来上がり、って奴。

あんなの結月君からしたら、裁縫のうちに入らないよね。

考えてみれば、結月君って家庭科の授業無敵だよね。

何なら、家庭科の先生より上手いんじゃなかろうか。

「…」

居間の中に響くのは、結月君がミシンを動かす、カタカタいう音だけ。

…凄く集中してるみたいだけど。

ちょっと話しかけても良いかな?

「今作業中ですから!」って怒られないかな…。

プロの仕事を邪魔するなんて、大罪だものね。

でも、見ているだけっていうのも退屈だし…。

ちょっとだけ…話しかけてみよう。

煩わしそうだったらすぐ黙ります。はい。

「…ねぇ、結月君」

「あ、はい…何ですか?」

良かった。会話くらいは許されるようだ。

相変わらず、結月君は手元から目を離さなかったけど。

そのままで良いから、お喋りしよう。

「そのミシンって、お母さんのミシンなの?」

「いえ…。もとは…母の使ってたミシンなんですが、今は僕が譲ってもらったんです」

成程。

「じゃ、お古のミシンなのね」

「そういうことですね」

道理で、年季の入ったミシンだと思った。

でも、さすが専門の人が使ってたミシンなだけあって、お古でも充分立派だ。

「母が若い頃使ってたミシンなんですが…。僕が中学校に入った頃に、譲ってもらったんです。元々、僕が一人でミシンを扱えるようになったら譲ってあげるって言われてて」

「へぇ…。じゃあそのミシンは、ある種の免許皆伝の証なのね?」

「そういうことだと思います」

そういうのって、なんか良いね。

師匠と弟子みたいで。

そう思うと、お古のミシンが凄く立派なものに見える。

って言うか、お古とはいえマイミシンを持ってる中学生なんて、結月君くらいだったでしょうね。

「じゃあ、そのミシンをもらったとき、嬉しかった?」

「そうですね。ようやく、半人前くらいには認めてもらったようで…」

一人前じゃないのね。

半人前で喜ぶんだ。

「一人前じゃないの?」

「僕が一人前なんて。まだまだ半人前が良いところですよ」

何を馬鹿なことを、と結月君と笑っていた。

いや〜…。それだけ出来たら、充分一人前だと思うけどな〜…。

プロの世界は厳しいということなのか。

「将来有望ね、結月君は…。お母さんにとっては自慢の弟子でしょうね」

「そうなんですかね…?自慢出来るほど、器用な弟子じゃないと思いますけど」

「少なくとも私よりは遥かに有望だから、安心して良いわよ」

私はまず、そのミシンの動かし方から学ばなきゃならないわ。

うちにあるのは、安物のポンコツミシンだもの。

その、ゴツくて本格的な、プロの人が使うミシンは全然使えないわ。

変なところ触って壊しそうだから、絶対触らないでおこう。
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