星と月と恋の話
しかし、話しかけられたからには逃げられない。

しかも、バスが動き出したからには、目的地に到着するまでこの座席から動けない。

よって、物理的に逃げ場を奪われたことになる。

向こうが満足するまで、嫌でも会話を続けなければならない。

…嫌な展開だ。

無下にする訳にもいかず。

「そうですけど…。…よく知ってますね」

「結構話題になってるんだぜ。お前と星野が付き合い始めたこと」

へぇ、そうなんだ。

まぁ、星ちゃんさんの周りにいるお友達は。

基本的に、お喋りなお口を噤んでおくということが出来ない人ばかりだから。

一度知ったら、周囲に触れ回らずにはいられないのだろう。

難儀な性格だ。

多分、クラスの半数くらいは知ってるんじゃないだろうか。

僕と星ちゃんさんの、現在の関係のことを。

あまり知られて嬉しいことではないな。

「何でお前、星野と付き合ってんの?」

「何でって…」

そう言われても…それは僕が知りたいと言うか。

「彼女の方から、交際を申し込まれたので」

「ふーん…。それでお前は、その申し込みを喜んで受けたのか」

「喜んでと言うより…有り難く受けたと言いますか…」

「でも、何か星野に好きなところがあるから付き合ってるんだろ?」

…好きなところ?

星ちゃんさんの好きなところ?

改めて聞かれると…返答に困る。

「私の何処が好きなの?」なんて、本当に聞き合うカップルはいるんだろうか。

「どうでしょう。これと言って…思いつきませんね」

「何だよ、それ。好きなところも見つけられないなら、何で付き合ってるんだ?」

だからそれは、彼女の方から告白されたからなんですけど。

何であなたがイライラしているのか、僕には分かりませんね。

「ただ言葉に出来ないだけです」

「…星野には、良いところがたくさんあるだろ」

あなたからはそう見えるんですか。

確かに、良いところはたくさんある。

「誰にでも優しいし、明るくて元気だし、話してて飽きないだろ」

べた褒めじゃないですか。

「確かに、彼女の底抜けの明るさに接してたら、こちらも気分が明るくなりますね。…だから僕も一緒にいるのかも」

それに、話してて飽きない、っていうのも当たりだな。

話が右に飛んだり、左に飛んだり…かといって支離滅裂な訳ではない。

いつも楽しそうにしてて、そんな姿を見ているだけでこちらも気分が明るくなる。

それは事実だな。

一応僕も、星ちゃんさんの良いところ、好きなところ、見つけられましたね。

「それだけじゃないだろ。星野の良いところは」

「そうですね。探せば、いくらでも見つかります」

「探さなくても、一目瞭然だけどな」

本当にべた褒めじゃないですか。

この人、星ちゃんさんのことが好きなんですかね。

だとしたら僕は、この人…菅野君にとって。

所謂、恋敵という存在になるのか。

成程。

…笑えるな。

この僕が恋敵なんて。

どれだけ低レベルの争いをしてるんだ、って感じだ。
< 175 / 458 >

この作品をシェア

pagetop