星と月と恋の話
「星ちゃんさん…星野さんは、僕にとって勿体ないほどの女性ですね」

「そうだな。俺もそう思うよ」

もっと相応しい人がいる。

僕よりも、もっと彼女に相応しい人が。

自覚はある。僕は星ちゃんさんに相応しい人間ではない。

…しかし。

「僕もそう思いますけど、でも、告白してきたのは彼女の方なので」

僕がそう言うと、菅野君は敵意丸出しの目でこちらを見た。

あぁ怖い怖い。

今の台詞が、僕の勝利宣言に聞こえたのだろうか?

そんなつもりはなかった。

勝利宣言も何も、ただの事実だ。

「精々彼女に捨てられないよう、星野さんに相応しい人間になりますよ」

「…お前には無理そうだけどな」

「そうですか」

あなたが何を言おうと、それは負け惜しみにしか聞こえない。

悔しかったら、自分も星ちゃんさんに告白されるような人間になれば良い。

それこそ、あなたには無理そうですけど。

なんて言ったら、バスの中で喧嘩が起きかねないので言いませんけど。

「星野に聞いたけど、お前、家事の真似事が得意なんだってな」

真似事とは。

真似事じゃなくて、正真正銘、れっきとした家事なんですが?

「調理実習のときも随分張り切ってたしな」

張り切ってた覚えはないけど。

僕は黙っているつもりだったんだ。去年までと同じように。

それなのに星ちゃんさんが、あれもこれもと僕に頼ってきたものだから。

あんな出しゃばりみたいな姿を見せてしまった。

あれは、僕の望むところではなかった。

「そんな。取り立てて得意と言うほどの腕じゃありませんよ」

僕の家事の腕前なんて…そうだな。

精々、あなたよりは間違いなく得意、ってくらい。

な?全然大したことないだろう?

「案外星野は、家庭的な男が好きなのかもな」

「さぁ、本人に聞いてみたらどうですか?」

「あるいは、頭の良い奴が好きなのか…。いずれにしても、星野がそういう男を好きだとは思えないけど」

そうですか。

まぁ、そう思いたいなら、好きに思えば良い。

菅野君が何を考えていようと、星ちゃんさんが何を考えていようと。

僕の知ったことではない。

「…何にせよ、絶対、星野を泣かせるようなことはするなよ」

何だそれは。

あなた、星ちゃんさんの保護者か何か?

そんなに大事なら、彼女が僕に告白する前に、自分が告白しておけば良かったのに。

それとも、告白したけど断れたんだろうか?

いずれにしても、僕が菅野君の言うことを聞いてあげる。そんな義理はない。

だから「そんなことは知りません」と撥ね付けたかった。

…しかし、やっぱりバスの中で喧嘩を繰り広げる訳にはいかないので。

「えぇ、勿論そのつもりです」

僕は作り笑いでそう答えた。

僕が星ちゃんさんを泣かせる?それは無理な相談だと思いますよ。

逆なら有り得るかも。僕が星ちゃんさんに泣かされることなら。

いずれにしても、そんな事態が起きないことを切に願っている。

下手なことをして、菅野君の逆襲を受けたりしたら洒落にならないですから。
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