星と月と恋の話
「あ…?何だお前。お前には関係ないだろ」

「そうですね、関係ないですけど…。でも穏便に事を済ませましょう。こんな人混みで揉めるのは良くないですよ」

結月君は、努めて冷静だった。

こ、怖くないの…?

「ぶつかったことは謝罪します。だから、もう許してください」

「はぁ…?許せる訳ないだろ。この眼鏡野郎、調子に乗るなよ」

そう言って。

不良大学生は、結月君の襟首を掴んだ。

や、やばっ…。

「ちょ、ちょっと…!」

「なら、お前が慰謝料払ってもらおうか。なぁ?」

ガタイの良い不良大学生と、ただでさえ小柄な結月君を比べると、大人と子供の喧嘩にしか見えない。

どう考えても、結月君が不利。

周囲に助けを求めようと、私は咄嗟に周りを見たが。

周囲の人々は、私達が揉めているのを見ても、すぐに目を逸らすか。

気づいていない振りをして、無視を決め込んでいた。

まるで、こんな面倒事には巻き込まれたくない、と言わんばかりに。

そんな…。

人間というのは、案外薄情な生き物なのだと分かった。

こっちを見ているのなら、少しは助け舟を出してくれても良いのに。

でも、私もきっと。

立場が逆なら、面倒事には関わりたくないとばかりに、見なかった振りをするのだろう。

「あ、あの、私謝りますから。やめ…」

とにかく、ぶつかったのは私なんだから、私が謝罪して何とか許してもらうしかない。

こんなところで暴力沙汰なんて、そんなの御免だ。

しかし。

「…別に大丈夫ですよ」

結月君は、ポツリとそう言った。

え?

そして、結月君は少しも狼狽えることなく、自分の襟首を掴んでいる不良の手首を、ガッチリと掴んだ。

え?え?

そのまま締め上げるようにして、ギリギリと力を込めた。

「うぐっ…い、いてぇ」

痛みのあまり顔をしかめた不良大学生は、結月君から手を離した。

が、結月君は不良の手首を強く掴んだまま、離さなかった。

「穏便に済ませましょうよ。ね?」

「うっ…」

自分より、遥かに細い腕に掴まれた不良大学生は。

一瞬怯んだような顔をして、焦ったようにこちらを見た。

更に。

「おい、君達何してる?」

薄情に見えたギャラリーの誰かが、この光景を告げ口したのか。

警備員らしき男性が、こちらに向かって歩いてきた。

結月君は、ぱっと手を離した。

「…許してくれますよね?」

「う…」

さすがに分が悪いと思ったのか。

不良大学生は、手を離してもらったのをこれ幸いと。

警備員に事情を聞かれるまでに、さっさと踵を返して、そそくさと逃げていった。

そして、結月君も。

「ちょっとトラブルになっただけです。もう解決しましたから。大丈夫ですよ」

やって来た警備員さんに向かって、笑顔でそう言った。

警備員さんは納得していない様子だったが。

当事者の一人は、とっくに逃げていたし。

もう一人の当事者である結月君も、大丈夫だと言っているしで。

結局「気をつけるように」と忠告しただけで、私達は無罪放免となった。
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