星と月と恋の話
僕が向かったのは、自宅から歩いて10分ほどのところにある大きな日本家屋。

僕の家の5倍くらい広い庭に囲まれた、これまた僕の家の3倍くらい広い日本家屋が建っていた。

ここは、道場だ。

僕の通っている道場。

昨日、自業自得で暴漢に絡まれた星野さんを助けたが。

何で僕にそんな度胸があったかと言うと、それはこの道場に起因する。

僕は昔から…確か4歳か5歳くらいの頃から、この道場に通っている。

誰にも言ってないし、誰に言う義理もないと思っていたから誰にも言ってない。

僕がここに通っているのは、ここの師匠と、あとは僕の母しか知らない。

「加賀宮(かがみや)さーん…。こんにちは」

師匠の名前を呼びながら、呼び鈴を鳴らしてみたが。

…。

…無反応。

それどころか、ちらりとドアポストを見ると。

数日分の新聞と数日分の郵便物が、溢れんばかりに突っ込まれている。

…まーたやってるよ…。

しかも、インターホン押しても出てこないし。

…相変わらずだな。

「…もう勝手にお邪魔しますよ?」

そう断った上で、僕はその家の引き戸を開けた。
 
案の定、鍵はかかっていない。

いつものことだ。不用心にも程があるのは。

とはいえ、この家に空き巣に入ったら、無事では出られないだろうけど。

ついでに、郵便ポストの郵便物を勝手に引き抜いて。

「お邪魔しますよー」

勝手に、家に上がらせてもらった。

さて、家主は何処にいるのやら。

無駄に広い家だが、家主が何処にいるのかは大抵決まっている。

廊下の一番奥にある、この家で一番広い居間だ。

案の定。

「あ、ほらいるじゃないですか」

「ん…?あぁお前か」

お前か、じゃないですよ。

「玄関開けっ放しだし…めちゃくちゃ郵便物溜まってるし、そもそも呼び鈴鳴らしたんだから出てくださいよ」

何で、勝手に家に入ってこられるの前提なんだ。

「鳴らしたか?」

「4回鳴らしましたよ」

「そうか…。…5回目で出るつもりだった」

むしろ、5回鳴らされないと出る気はなかったんですか。

回覧板とか回ってきたらどうするつもりなんだか。

そういえば、家の前に回覧板が放置されてることも何回かあったっけ。

全く、出不精にも程がある。

と言うか人見知りなんですよ。

「郵便物と新聞はちゃんと毎日取り込みましょうよ。重要な書類が来てたらどうするんですか?」

そう言いながら、僕は居間のちゃぶ台の上に郵便物の山を置いた。

「冬眠中のクマじゃないんだから。たまには外に出たらどうです?」

「そ、それはそうなんだが…」

「…全く…」

この超絶出不精で、ついでに自堕落な生活を送っている中年男性こそ。

僕の武道の師匠である、加賀宮尊(かがみや みこと)さんだ。
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