星と月と恋の話
野菜コーナーを無事に抜けた先に。

「次は精肉コーナーですね…」

「お肉かー。私、明日焼肉弁当だからなー。牛肉をちょっと…」

と、お喋りしながら精肉コーナーに向かうと。

そこにも、また人だかりが出来ていた。

…?

「…結月君、この人達どうしたの?」

やっぱり、正気を失ってない?

だって、空っぽの陳列棚の前で、微動だにせず固まってるわよ。

魔法でもかけられて、石像になったみたい。

石像になるのは良いけど、通行の邪魔だからよそで固まってくれたら良いのに。

「待ってるんですよ」

待つ?

…魔法が解けるのを?

すると結月君は、チラリ、と腕時計に目をやった。

「そろそろですね…」

…?

…魔法が解ける時間?

なんて、アホなことを考えていたら。

そこに、店員さんが大きなカートを持ってやって来た。

そのカートには、パック詰めされた大量のお肉。

え、そんなにたくさんどうするの、と思ったら。

石のように固まっていた主婦の皆さんが、餌を与えられた魚の群れのように、一斉にカートに群がった。

一瞬の出来事だった。

「な、な、何なのこれ!?」

物凄い気迫を感じるんだけど?

皆、押さないで、押さないでって。争いは良くないわ。

店員さん、姿が見えないんだけど。あの中で潰れてない?大丈夫?

「タイムセールですよ。水曜日の夕方は、激安特価、数量限定のタイムセールが行われるんです」

と、結月君が淡々と説明してくれた。

「た、タイムセール…!?セールだからって、あんなに群がらなくても…」

似たようなお肉が、こっちにも売ってるじゃない。

そりゃあ、こっちに並んでるのは、そんなに安くないかもしれないけど…。

「いえ、気持ちは分かります。今日のタイムセールはグラム59円の鶏胸肉…。正直、僕もあの中に混ざりたい衝動を抑えています」

「えっ…」

「今日必要なのは鶏肉じゃないので、我慢してますけど…」

ゆ…結月君。

君って人は…勇敢を通り越して、むしろ無謀だわ。

あなた、これまでよくこの戦乱の時代じみたスーパーで買い物して、生きてこられ、

「…あ、第二弾が来ましたね」

「第二弾!?」

結月君の視線の先には、同じくパック詰めされたお肉を山積みにしたカートを押した店員さんが、神妙な面持ちでやって来ていた。

「あ、あれは何なの?」

「今日の僕の狙い目、グラム89円の豚こま肉です。今日はあれを買う為に来ました」

「えぇっ、ゆ、結月君危ないわよ!?」

「節約の為には、時には危ない橋を渡ることも必要です」

「って言うか、今日君の家、肉じゃがじゃなかったの?牛肉じゃないの!?」

「あ、うちは豚肉で肉じゃが作る家庭なので」

あっ、そうなんだ。

まぁ、そういう家もあるよね。

「じゃあ、行ってきます」

「きっ…気をつけてね!?」

豚肉を買いに行く人に、「気をつけて」なんて初めて言ったわ。

人混みに揉まれにいく、結月君の勇姿を見守りながら。

「…少々高くても、私は平和に買い物したいわ」

ポツリとそう呟いて、私は平和に、定価の牛肉を購入した。
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