LOVE, HATE + LUST
第3話

3-1




天国とはまさにこのこと。



アロマオイルでの全身マッサージ、フラワーバスにクリスタルサウナ、高層の夜景を見ながら泳ぐプール。美容に配慮したビオ野菜中心のディナー、高濃度酸素サウナに岩盤浴。

そして今、私と翔ちゃんはバスローブ姿で、シャンパンが乗るサイドテーブルをはさみ、リクライニングソファにそれぞれ寝転がりながら夜景を眺め、ゴージャスな月曜の夜を堪能していた。


「はぁー、これが月曜日だなんて……明日会社行きたくない」

翔ちゃんが切なげにため息をつく。私はくすくすと笑う。

「ミチカ先輩はどうして月曜に予約したんだろうね」

「あ、それはね、本来なら社長が明日から夫人と温泉旅行2泊の予定だったから、明日は有給とるはずだったらしいよ。特別に何かの記念日ってわけじゃなかったらしい。社長の温泉旅行のリスケも今朝やっててさ、そのお手伝いしたからかな、空港からコード送ってきてくれたんだー」

「今度ちょっとゴージャスなランチでも御馳走しようね」

「うんうん。そうしよう!」

「今日の午後ね、ずっと考えてたんだよ。翔ちゃんに昼に言われたこと」

翔ちゃんが私のほうに向きなおって好奇心に満ちた目で私を見る。

「なぁに? 冷めてるって言ったこと?」

「うん。27年人生において、情熱とか欲望とかとは無縁の私って……」

「あー、まぁ、一生無縁の人もいるけどね。そういうのってさ、必ずしも『好き』とセットじゃないから。相手との相性もあるよね。物理的な」

「物理的な? どういう意味?」

「朔ってば……物理的と言えば、体の相性に決まってるでしょ」

「あ、そういう……」

「付き合っている人や結婚相手が、必ずしも相性が最高とは限らない。むしろ、不満な人は多いんじゃないかな」

「そうなの? 私は別に、不満じゃないけど……」

「でも情熱や欲望は感じないわけでしょ? 朔はドーパミンの分泌が足りないんじゃないの?」

「ドーパミン?」

「相手を独占したい、ずっとそばにいたいって思わせるホルモン。誰かを好きになるとさぁ、ドーパミンやアドレナリンがどばーっと分泌されて、いっきに恋愛感情が高まるんだよ。その代わり、安定した幸せを感じるセロトニンの分泌量が下がるの。それがいわゆる、恋に狂ってる状態なんだけど」

「なるほど」

「確かに、安定が大事だと思う。誰かに対してドキドキが続くのは、しょせん3,4年くらいだって言われてる。だからその3,4年が過ぎた後でも、お互いに尊敬や信頼や家族愛みたいなのを保ち続ける努力が必要だってこと」

「翔ちゃん……深い」

「朔はさ、初めからその3,4年をすっ飛ばしてるんだね。でも、それでいいなら前にも言ったけど、かえって結婚に向いてると思うよ」

「……でも」

翔ちゃんはため息をつく。

「ああ、そっか。指摘されて知りたくなっちゃったんだね。情熱とか、欲望とかが」

「そうなのかな……」

「ふぅん……ねぇ、今ならまだ間に合うよ。結婚前だし。探してみれば?」

「ええ? それはできないなぁ」

「なら悩まないで。おとなしく結婚しなよ。したくないくせに」


うーん。そうだね。


火曜日、午前6時。

ちょっと早めに起きて準備をして、ホテル2階のバッフェへ。

「今週がまだあと4日も残ってるって、信じられる?」

「今週が始まってまだ2日目だからでしょ」

翔ちゃんの働きたくないモード全開の愚痴を聞きながら、ゆっくりと優雅に朝食をとる。あとはいったん部屋に戻り、チェックアウトして出勤すればいい。部屋で忘れ物がないか確認して、エレベーターでレセプションのある2階へ。ドアが開いた瞬間、翔ちゃんが悲鳴を飲み込んだ。

「?」

一体、何事か。

訊こうと口を開きかけたら、いきなり手首をつかまれてもの凄い素早さでエレベーター脇に連れていかれた。

「なに?!」

非難めいた声で見上げると、翔ちゃんは人差し指を立てて自分と私を大きな観葉植物の陰に隠した。

「あれ! あれだよ!」

翔ちゃんは小声でレセプションのほうを指さした。私は翔ちゃんの視線の先を見てはっと息をのむ。

見慣れた後ろ姿。昨日と同じスーツ。ちょうど、カードキーを返却しているところ。

「……」

ちょっと疲れた表情。レセプションからエレベーターとは逆側に向かって大股で歩き出す。ぐるりとハロウィーンのディスプレイを回り、その後ろのソファの前で立ち止まる。ソファから、細い手が伸びてその首に絡みつく。

「あれってさ……例の、混血美人?」

「そうかもね……」

駿也は首に絡みついた女性の細腕を、両手で捕まえて引きはがす。ちょっと困惑気味の表情が、上半分だけ見える。鼻から下は、女性の頭部——緩やかな長い黒髪で隠れていてよく見えないけど。

引きはがされても女性の手は再び駿也の顔をはさんでとらえ、自分のほうに引き寄せた。

「恐るべし。なんていう偶然……ていうか、チューしてるっ!」

翔ちゃんが小声で叫ぶ。

私は茫然とする。そして駿也の肩の、あの歯形を思い出す。駿也はまた女性の両手首をつかんで引きはがし、たしなめるように女性に何か言う。女性はそれにあらがうように首を横に振る。そして立ち上がると、駿也のウエストに両腕を絡みつかせ、彼を抱きしめた。

駿也はあきらめのため息をつき、天井のシャンデリアを見上げる。

「翔ちゃん……」

「ん?」

「あれが、情熱とか欲望なのかな……」


答えてくれる代わりに、翔ちゃんは大きなため息をついた。





✦・✦ 《What’s your choice?》 ✦・✦
   《恋人に知らない女性が抱きついている?》

A  朔のように客観視する

B  その場に飛び出て女性を責める

C  その場に飛び出て恋人を問い詰める

D  証拠写メを撮ろうとする


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