LOVE, HATE + LUST

4-4




「さくー! さくいもーぉ!」

駅前のミートアップスポットになっているロータリー前で、ドクターマーティンのレースアップブーツ、穴あきジーンズにぶかぶかのマウンテンパーカー姿の細身の男がぴょんぴょん飛び跳ねながら両手を頭の上で大きく振っている。足元には大きなバックパック。

伸びかけの髪は後ろでちょこんと無造作に一つにまとめている。

周囲で待ち合わせ中の人々は、見て見ぬふり。

「いもって、何よ?」

「妹のいも! Myいも! んー! 朔ちゃん! 会いたかった!」

暉は私に飛びついてハグすると、私の額にちゅっとキスをする。

「ふつうの日本のきょうだいは、再開してもハグとかチューとかしないんだよ?」

「いっじゃん、小さい頃みたいでさ! メシメシ! カレー! オムライス! ハンバーグ! 全部作って!」

「その材料全部買って帰るよ。スーパー行こう」

「ん! 了解!」



暉がお風呂に入っている間に、私は急いで夕飯の支度をする。正直、ほとんど徹夜のまま一日働いて、帰ってから3種類のメイン作りは結構きつい。でも懐かしいおねだり顔を見ると、仕方ないなと折れてしまう。明日は休みだから、まぁ、いいか。

テーブルに並んだ小さいころからの3大好物に、お風呂上がりの暉はガッツポーズで喜びを表してすぐに飛びつく。私は水を差し出しながら呆れる。

「もう……中身は何歳なの? こぼさないで。野菜も食べて。もっとゆっくり……よく噛んでよ、お替りたくさんあるから」

「これだよこれ! 海外のあちこちをさまよってると、思い出す味! 日本に帰ってきた! って実感するわ」

「今日、帰国したの?」

「ん、正確には夜中に着いた。昼間、高校ん時の友達に会ってから来た。あ、帰国報告の電話して今日は朔のところに泊まるって言ったら、父さんが話があるから、夜に朔と一緒に電話してきてって言ってた」

「それもまた珍しいね。何だろう?」



大量の夕飯をぺろりと平らげた暉は、鼻歌を歌いながら超ご機嫌で父にビデオコールする。

「よ! 父さん、メシ食った? 約束どおり、電話したよ」

「お父さん、久しぶり」

私は暉の隣から画面をのぞき込む。

「やあ、朔。なんか疲れているね。仕事大変なのか?」

父はたぶん、PCで接続しているのだろう。背景は今勤務している大学の近くの借家のようだ。

かなり白髪の混じった髪、細身に眼鏡。研究者らしく、浮世離れして肌がつやつやしている。

「ううん、大丈夫だよ」

はは、と私は笑ってごまかした。言えるわけがない。

「きみたちにお願いがあって、この三者会議を計画したんだが」

「はい? これって、会議だったの?」

暉が目を見開く。私も首をかしげる。父は満足げに大きくうなずいた。

「実は少し前に、久々に(たえ)ちゃんから連絡が来てな。話しているうちに思いついたんだ」

妙ちゃんとは父の幼稚園からの幼馴染の妙子さんのことで、20代のころ、他県に嫁いでいった人だ。

「「何を?」」

私と暉の声がハモった。

「実家の離れの書庫を、ブックカフェに改装しようと思うんだ」

「「は?」」

またハモる。

「妙ちゃんが離婚してさ、実家に戻るらしくて。調理師免許持ってるから、どっか働くところないかねと訊かれて、そうだな、長年の夢だったブックカフェやりたいな、となって」

「ふむ……」

「なるほど」

「それで、きみたちにも手伝ってほしいなと」

「へぇぇぇ……」

暉はなんとも判断しかねる相槌を打つ。私ははっと息をのみ、口元を押さえる。ブックカフェ! そうだ。あの離れの書庫。小さなころから入り浸って、一日中でも本を読み漁っていた。私の聖域。あそこを、ブックカフェに……? 

何て……

何て……



「すてき!」

私の叫びに隣の暉がびくっと肩をはねさせる。父はにっこりと笑んだ。

「朔、手伝ってくれるかな? もちろん、今の仕事がいいなら、無理にとは言わないよ」

今の仕事……嫌いじゃない。やりがいはあるし、上司も申し分ない。でも……でも。

もしかしたら。これは転機かもしれない。

「私……やりたい! 今すぐは仕事辞められないけど。もしも私が一生結婚しなくても、暉がふらふらしてる間、居場所を作っておいてあげられるものね!」

「ちょっと朔、ずっと結婚しないつもり?」

「朔が結婚したくないなら、父さんは構わないよ。朔の生きたいように生きればいいんだから」

「暉は普通の会社勤めはもう無理でしょ。だから私が面倒見てあげなきゃね」

「朔に迷惑かけるつもりはないよ……でも、なんか面白そうだな。俺はまだ、漂泊は続けたいけど」

「暉もやりたいことをやればいいさ。もしきみたちが興味がないなら、人を雇ってもいいし」

「お父さん! 私は手伝いたい! 暉は、日本にいるときに手伝ったらいいし」




結局、私たちは1時間以上もあれこれとはしゃぎながら三者会議を続けた。

おやすみ、とビデオ通話を切って、ほう、と息をつく。

「いいのか? 今の仕事、やめても?」

暉の問いに、私は今まで誰にも話したことのないことを話し出す。

「今の仕事はやりがいがあってすごく楽しいけど、ずっと緊張感を保ったまま走り続けなきゃならない仕事なの。止まったら終わり。でも、いつまで走り続けられるか、自信はないんだ。道端の草花に気を取られて、寄り道しながらの生き方もいいよね」

「なにそれ。奥が深いじゃん」

「はは。これはチャンスだと思って、お父さんの道楽に付き合ってみてもいいかな」

「そっか。じゃあ、俺も日本にいる間は協力するかな」

「ん」

私たちはこぶしとこぶしをこつんと合わせた。








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