LOVE, HATE + LUST
6-3
そういうことで、とりあえず。
駅の乗降場で暉とヒロトさんを降ろし、私と蒼は郊外の大型アウトレットショッピングモールに向かう。
ふたりを降ろして車を発進させるやいなや、助手席の蒼はくすりと笑って言った。
「それで?」
「え?」
無意識に緊張を飲み込みながら答えたので、少し声が上ずってしまう。
「その後、この半年でワインの上司とはどうにかなった?」
「……なるわけないでしょ」
「どうして? せっかく不感症じゃないってわかったのに?」
「ぅっ……」
「あぁ。でもだからってその上司とも相性がいいとは限らないか。そしたら、また前と一緒だもんな?」
いま、「も」を強調した。わざとだ。絶対に、面白がってる。
――言い返したいけれど、疲れた頭ではろくな言葉が思い浮かんでこない。
「あー、ちょっと、あの先のコンビニで停まってくれ。なんか事故りそうで怖いから、俺が運転する」
(誰のせいなのかわかって言ってるんだよね?)
座席を後方にスライドさせてハンドルを調節すると、助手席で固まる私を見て、蒼は私の胸骨を三本指でとんと突いて座席にもたれかけさせた。リクライニングが後ろ過ぎてシートレールも下がりすぎていて、私の体は斜め後ろに沈む。
長い腕がシートベルトに伸び、ふわりと微かに甘い香りがする。心臓が大きくはねて「危ない」と何かが警告してくる。
かちり。
シートベルトが留まると、長い指が上からすっとベルトをなぞる。私は両手を半端に宙に挙げて固まる。
「これ」
ベルトから外れた手が、耳の付け根に触れる。こそばゆさに私は「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げる。
「なっ、なに?」
「朝飯の時に言おうと思ってたんだけど。あいつらの前で指摘したら怒るかもしれないから黙ってた。髪縛ってたら、結構目立ってるよ」
「‼」
私は自分の手で指摘されたところを隠す。
そういえば、昨夜ちりちりするほど吸い付かれたことを思い出す。
「~~~~‼」
「あいつらは気づかなかったみたいだよ。たぶん」
蒼は涼しい表情で車を発進させた。
私はポニーテールに束ねていたミディアムロングの髪を解いて首を隠した。小さくくすっと笑う声が聞こえる。
絶対、面白がってる。
巨大モールの駐車場は午前中だったので空きが容易に見つかった。
「スマホ、解除して出して」
車を降りると蒼は手を差し出した。
言われた通りに差し出すと、自分のスマホにかざす。
「迷子になると困るから」
私のスマホに着信。
「俺の番号」
「あ、はい」
「はぐれるなよ」
「えっ」
蒼の左手が私の右手をとらえて歩き出す。
「うーん……はぐれたら、見つけるのが難しそうだな」
私を振り返って蒼はしぶい表情をする。
ええ。
それは、認めざるを得ないわ。
グレージュのオーバーサイズシャツに白のジーンズ、黒のスニーカー、赤の肩がけ革トートバッグ。確かに、人混みに飲まれたらたいして特徴のない私を見つけ出すのは不可能に近いでしょうね。
私の手を取りぐんぐん歩く男は、それこそその辺にもカブる格好の人たちがたくさんいる、白Tシャツに紺ジャケ黒パン黒スニーカー姿なのに……人混みの中でもすぐわかりそうなくらい……すごく際立っている。
すれ違う20代、30代の女性たちはおろか、10代の女の子たちまで二度見する。
私の周りにも、注目される男たちはいるにはいる。ここまでじゃなかったけれど、休日に近所に出かけたりすると、駿也もよく注目を浴びていたっけ。暉もなにか妙なオーラがあるからよく振り返られているし、ランチタイムに翔ちゃんと外を歩いていても彼がちらちら見られているのをよく見ていた。
彼らよりも専務のほうがすごいけど。やさしげな王子様が歩くと、女性たちがうっとりと見とれていたっけ。でも……それに慣れていた私でもちょっと驚くほど、蒼もとても人目を惹く。オーラ? 色気?
そう、華があるのだ。ランウェイを歩くモデルみたい。長身で、黄金比。ひとに見られることに慣れているのに、一方ではまったく人目を気にしない。堂々として、自信に満ちて見える。
「とりあえず、家具だな。屋根部屋だから、あんまり大きくないデスクでいいよな」
出かける前に、離れの屋根部屋を見に行って、幅や奥行き、天井の高さを測っていた。選ぶのをちゃんと手伝ってくれるみたい。
いくつか見てから、L字型のヴィンテージカラーの木板の、シンプルなワークデスクに決める。椅子は悩みどころだったけれど、蒼のアドバイスで屋根部屋のスペースを考えてミドルバックの人間工学チェアにした。
屋根部屋用のソファも見る。すごくシンプルな2人掛けアームソファと小さめのガラステーブル、ソファとおそろいのオットマン2脚。ヴィンテージカラーのロータイプの本棚とキャビネットもついでに。
支払いと配送手続きを済ませ、私はお手洗いに。そのあいだ蒼は自分のソファを見ていると言ってソファ売り場に残った。
案外、違和感なく自然に話せている。理にかなったアドバイスをくれるし、ちゃんといろいろと考えてくれている。きっと暉なら適当に相槌を打つだけだ。
ソファ売り場に戻ると、土曜日は人でごった返しているのに、蒼はすぐに見つかる。これが逆だったらモブ感あふれる私は森の中の一枚の葉っぱのように、すぐに見つけてもらえないかもしれない。
ひとり掛けの暗い緑の革張りのソファに座り、脚を組んで座っている。なにあれ。なんかのモデルか。
そして片手にスマホを持ったまま、前に立つひとりの女性を見上げて何かを話している。
近づこうか、話し終わるまで待っておこうか……
ぼんやり考えていると、7mくらい離れていた蒼と目が合った。
✦・✦ What’s your choice? ✦・✦
こんな時あなたなら?
A 朔のように様子見をする
B 近づいて会話に割り込む
C 女性を無視して蒼に話しかける
D 観察しながら蒼に電話してみる
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