LOVE, HATE + LUST
6-5
モールを出たのは午後3時半。
車の後部座席には、2台のデスクトップPCとワークデスクとイス、ネイビー色のキルトラグがひと巻き。
ラグは蒼の家のリビング用で、PCも1台は蒼の書斎に置くもの。置いて行きたいというので、蒼の新居に向かっている。
「案外近いんだね」
うちからショッピングモールまでが車で20分ちょっと。蒼の新居はモールからもうちからも車で30分弱。海の近くの住宅街にそびえたつタワーマンション。
地下駐車場に入り、そこから15階に。エレベーターの中、PCの箱は足元に、ラグは蒼が立てかけて抱えている。
ふたりでエレベーターって、なんか半年前にもあったな。でもあの時は……
「なに、なんか思い出してる? 再現、手伝おうか? 確か、あの時は……」
操作パネル前のコーナーに追い詰められる。背後から顔が近づいてくる。私は肩をすくめて必死によける。
「やっ、ちょっとっ。誰か人が乗って来るかもしれないのにっ……」
「人が乗ってこなきゃいいって言ってるように聞こえるな」
「みっ! 耳元で囁かないでっ!」
「人が乗ってくる以前に、セキュリティカメラにはばっちり映ってるよな?」
「!」
私はとっさに天井を見上げる。蒼は壁にもたれて笑いを堪えている。
もういやだ。
ドアが開く。
私が開延長ボタンを押す間に、蒼はまずはラグを、そしてPCの箱をフロアに出す。
ドアの電子キーを解除して中に入ると、廊下には大きなスーツケースがふたつ。まだ荷物は開けていない様子。そうだよね、帰国したその日に同窓会で、そのままうちに来たんだもの。でも。
何でもそろってる。
そこだけがらんとしたリビングは、きっとソファがないからだ。
それ以外は、そのまま普通に生活できる感じ。
フロアの真ん中に蒼はラグを広げた。
「新居って感じじゃないね」
「先週までアニキが住んでたから」
「お兄さんはどこへ行ったの?」
「都心の新築タワマン。自分で買ったらしい。ここはもともと、オヤジが家族で住むのに買ったところだ。買って数年で、家庭は崩壊してたけど」
蒼は他人事のように平然と肩をすくめる。
「最近、オヤジが若い嫁をもらって別なところに新居を買って、ここにはアニキが一人暮らししてたんだよ。ソファセットはイタリア製の何百万かするやつで、オヤジのお気に入りだから持って行った。で、ベッドはアニキの初ボーナスで買った高級車並みのバカ高いやつだから、自分の新居に持って行ったんだな」
「若い嫁?」
「アニキと同じだから、33くらい?」
「うわぁ」
「うわぁ、だよな。俺も初めて聞いたときはうわぁって言った。同じような棒読みで」
蒼はおかしそうに笑って窓辺に寄ると、私に手招きした。
「ここのいいところは、この眺めだ。見てみろよ」
「ほんとだ、キレイ!」
街並みが眼下に広がる。そしてその上には青い水平線。傾きかけた太陽の光が反射して、グリッターをちりばめたみたいに輝いている。
バルコニーはウッドデッキになっていて、黒い籐のガーデンテーブルセットが置かれている。
「夏は花火が見える」
「夕日もいいね、星空も」
「朝日もね」
後ろからウエストを引き寄せられて、鼓動が跳ね上がる。とん、と背中に蒼の体が当たり、右肩に顎が乗せられる。長い腕の中にとらわれて、私は人間の子供につかまった雀のようにもがいて、無駄な抵抗を試みる。
「あっ、ちょとっ、今日は暑かったし、ほとんど外にいたから汗臭いかもっ……」
「全然。オレンジみたいな甘いにおいしかしないけど」
何それって、朝のお風呂のアロマオイル????
もがいてももがいても力及ばず、首筋のにおいを深く吸い込まれて私は叫ぶ。
「絶対うそ! 普通、嗅ぐ?! やだ、ちょっ……きゃ――っ‼」
そのうえ、ついにそのまま甘噛みされて本気で絶叫する。
もがき疲れて脱力してくたっと上半身を折り曲げると、蒼は笑いをかみ殺しながら私を持ち上げてキルトの上に転がして、自分は隣に足を投げ出して座る。また、からかわれた。
昨夜からずっとからかわれ続けて、疲れ果ててきた。接触冷感の夏用のキルトが心地いい。私はうつぶせで体をくの字に折り曲げたまま目を閉じた。
「あのひと」
私は目を閉じたままぼそぼそとしゃべる。
「うん?」
「モールで遇ったひと。あのひと、年上でしょ。ほんっとに、美人だった。あれで検事だなんて、天は二物を与えるのね」
「見るからに自意識過剰でプライド高そうだろ。二物なんて、それを差し引けばむしろかなりのマイナスだし」
「元カノにひどいこと言うよね」
「実際、ひどかった。6歳年下のいたいけな修習生を騙して弄んで、7歳年上の先輩検事としれっと婚約したんだよ」
「ええ? 6歳上なの? やるね。さっきの様子だと、彼女まだ気があるみたいね」
……そう。私には微笑みかけているように見えて、実は見ていなかった。つまり、彼女は私を蒼にはわからないように巧妙に無視してた。
「せっかくお望み通り結婚式に出てやったのに、欲張りなんだよ」
「あの時は……彼女の結婚式に出るために、帰国したんでしょう?」
「それはちょっと語弊があるな。運転免許の更新と、オヤジの再婚祝いがメインだったんだよ。あの結婚式は人脈目当てのついでだったけど……」
「ついで」って……
蒼は私の頭を撫でる。
「でもそのおかげで、あんたに遇えた」
私はふっと笑いを漏らす。
「私にじゃなくて、私のワインに、でしょ……」
蒼も、笑う。
「あんたと、あんたのワインに」
大きな手が頭を撫でるのが心地よい。ときどき、長い指が髪のあいだを滑る。寝不足と疲れでうっとりとまどろみそうになる。
「昨夜からちょっといじめすぎたから、あんまり寝てないのか? 1,2時間なら昼寝してもいいよ」
意識がとろけていって、蒼が言ってることがよく聞き取れない。
やわらかな何かが私の右の瞼に触れると、私は目を閉じたまま口の両端を引き上げて、そのまますとんと眠りの淵に落ちた。