LOVE, HATE + LUST
7-2
金曜の夜、暉は同窓会で再会した友人たちと、次の日も数人で集まって飲む約束をしていた。
既婚者は抜き、シングルズだけの気楽な飲み。
当然、妻帯者のヒロトさんは抜かされた。そして、当然、蒼はメンツに入れられた。
「女子たちが蒼は絶対に連れて来いって、うるさくてさぁ。シオリってやつが指示した場所に集まったら、知らない女子どももいて、まんまと騙されたんだよなぁ」
テーブルに肘をついて頭を乗せ、暉は眠そうに言った。
「そう言ってお前は、あのモデルもどきにさんざん飲まされて酔わされて、お持ち帰りされそうになってたろ?」
入り口から蒼が入ってくる。髪がまだ濡れている。
「えっ?」
スープを暉の前に置くときに、驚いて手元が狂いこぼしそうになる。暉は思い切り顔をしかめる。
「香水がきっつかったな。鼻曲がるかと思ったしか覚えてない。ん-、いいにおい。いただきます」
スープを一口パクリと食べて、暉はくうう、とうなる。
「しみる! 二日酔いにちょうどいい。いやホントに、お前たちが止めてくれなかったら、今頃俺は……怖っ」
(止めてもらったのか……)
私は蒼にスープを渡す。そのまま、目の前に置いてあげるのに……蒼は手を差し出して私の手ごとお皿を受け取った。
てのひらで甲が包まれる。指先が触れる。目を合わさないけれど、絶対にわざとだ。
「俺よりもお前のほうが大変だったでしょ。お前の本性を知ってるシオリ以外は、ほとんどの女がお前を狙ってた。まあ、いつものことだったけど」
(ほとんど? いつも?)
私が驚きで目を丸くすると、暉が自分のことのように自慢気に言う。
「すごいんだよ。こいつが現れた途端、女子どもの目の色が文字通り変わるんだよ。マタタビみたいなやつ」
「マタタビ……?」
「そうそう。周りに女が寄って来るんだ。今回も例外なく囲まれて次々と迫られてたな」
あはは、と暉が笑う。「いただきます」と小さく言って黙々とスープを食べていた蒼が、他人事みたいにふんと鼻で笑う。
マタタビの木の枝の周りでごろごろと喉を鳴らしでれでれと寝転がる、いろいろな毛色の猫たちを想像してちょっとおかしくなった。そういえば、半年前のバーでも、結婚式から新婦の友達が勝手についてきたとか言ってたっけ。
あの夜、ワインを飲みながら話していた時に蒼は言った。
「いい加減なのは気楽だから、決まった相手はいらない、あんたもやってみればいい」
そんなに、モテるなら、そんなことも言えるだろう。
その時はそう思ったけど、今は……なんか、もやっとする。
私はスープを見つめて考え込む。
お酒の入る出会いの場になんて行ったら、きっとすごいことになるんだろう。なにせ、昨日モールを一緒に歩いているだけで、すれ違う多くの女性たちの目を奪っていたくらいだもの。
とんとん。
長い指が私の目の前でテーブルをタップする。私ははっと我に返る。
「——聞いてた?」
蒼が私の目を見つめる。心臓が口から飛び出るかと思う。
「な、なに?」
まだ湿っている前髪が鼻先に落ちている。この人には、まっすぐに見つめられるだけで心がさざ波立つ。
「ぼんやりしてると冷めるって言ったんだけど」
「あ、そうだね……でも」
私は小さなため息をついてスープを見下ろす。もともと、そんなに食欲がなかったことを思い出す。
「昨夜、ちょっと食べすぎちゃったみたいで……おなかすいてない」
(本当は昨夜も、あまり食べなかったけど)
ぼそぼそと言うと、蒼は形の良い眉をひそめた。
「あんた、もしかして……」
私は息をのみ、とっさに暉のほうを一瞥した。同じテーブルにいるのに、暉はスマホの画面に集中していて、こちらは全く気にしていない。
ごまかすために立ち上がり、それ以上蒼に言葉を続けさせないように遮った。
「あ、だから、もう終わりにしようかな……ごちそうさまでした」
自分のお皿を下げようとすると、とっさに手首をつかまれる。何とか抜け出そうと引いたりひねったりしてみるけれど、びくともしない。
「いらないなら……もらう」
蒼はもう片方の手で私のお皿を引き寄せた。
「あ、ど、どうぞ……」
(食べかけだよ……スプーンが入ってるから、わかると思うけど)
手首が解放される。暉をまた一瞥してみたけど、こっちはまったく気にしていない。私は席を立ち、後片付けをふたりにお願いして部屋に戻った。
もや。
もやもや。
もやもやもや……
「朔、屋根部屋にPC設置するから来い」
蒼からメッセージが送信されてくる。
……どうして命令口調なのか。
もやっと考え事をしていたら10時を回っていた。
やってもらう立場では文句も言えない。私はのろのろと1階に降りて離れに向かう。
私が屋根部屋に着くと、そこにはすでにワークデスクと椅子、PCの箱が運ばれてあった。蒼はすでにそれらを開封しているところだった。
「うわぁ……」
ものの数分で、面白いようにワークデスクが組み立てられる。
「説明書も見ないで、すごいね。暉は説明書見ても、ちゃんと作れないのに」
「一緒にしないでほしいな。どこに置くか教えてほしいんだけど」
「あ、ええとね……あの辺にお願いします」
「了解」
ワークデスクが私が指し示したところに置かれ、そうこうするうちにイスが組み立てられる。
流れ作業のようにPCが箱から出されてデスクの上に設置され、初期設定とネット接続がまるで業者のように迅速に進んでゆく。
手招きされて明け渡された椅子に座り、言われた通りにメールアドレスなどを入力していく。
ログインは顔認証とPINコードを両方セットする。
「PINは、これ」
3523
「えっ? なに?」
私の肩越しに後ろからキーを叩いて蒼はくすっと笑った。
「あの時、俺が泊まってた部屋のルームナンバー」
「!」
「ちなみに、俺のマンションのセキュリティコードも同じに変えておいたから、ちゃんと覚えておけよ?」
「……な、なんでそんなこと、教えるのよ」
「来てほしいからだよ」
耳がちぎれるくらい熱くなる。きっと真っ赤になっているに違いない。
私が20歳くらいなら、きっとすごく舞い上がっていたと思う。
でもやっぱり、もやっとする。
どうして思わせぶりなことを言うのかな?
私を手に入れるとか言うけど、好きになったとは言ってない。
私と付き合いたいとか、そういうのもない。
だから私には、嫉妬する権利もない……と思う。
蒼は、どうしたいの?
それが訊ければ安心するわけでもないくせに、私は不安と不満でぐらぐらに揺れている。
「いい加減なのは気楽だから、決まった相手はいらない」
またあの言葉が、脳裏をよぎる。
私も、「気楽」なうちのひとり?
モールで会った元カノや、昨夜の合コンみたいなのとか……
もしも蒼がこれからそんな関係のひとたちをほかにも持つとしたら、私は……
すごく、
嫌だな……
✦・✦ What’s your choice? ✦・✦
思わせぶりな言動にもやっと。
どうしたい?
A 朔のようにもやっとしたまま
B 私はあなたの何? と問い詰める
C 第三者を使って聞き出そうとする
D 手に負えないからあきらめる
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