LOVE, HATE + LUST
8-4
自分の新車の助手席に乗るのは、なんとも神妙な感じ。
(今日から)愛車の、ぴかぴかの白のトゥインゴ。
水族館を出てから次に向かうのは、土曜日に行ったところより小さめの海辺の複合商業施設。小さめとは言っても、ちょっと気を抜けば迷子になるくらいは大きい。
ここも平日なので、混雑はしていないけれど結構人はいる。
人はいるけど、すぐに迷子になる状態では、ない。気を抜かなければ、ね。
けど。
駐車場から、当然のように差し出される手を黙って取る。
何か言えば上から言い返される。そして言い負かされる。
口で敵うわけがない。
私もいい加減、学習してきている。
――正直、嫌じゃないし(恥ずかしいけど)。
慣れ、なのかな?
フードコートで私はグリルエビのプレート、蒼はローストビーフ丼を食べた。
「そういえば……ヤキソバ」
「え?」
「日曜日、私が怒って出かけちゃった時。蒼がお昼に作って、暉に食べさせたって」
「ああ。それが?」
「私は食べてないよね……」
「怒って出かけたからだろう? いや、そもそも、作る気はなかったんだ。コンビニで弁当買うか、出前取るか、近所に食べに行くか考えてた」
「どうして作ったの?」
「あいつがヤキソバ食いたいって駄々こねたから。買ってきてやるって言ったら、やだ、朔に作ってほしいって。ほんとにあいつは中身が8歳くらいだな」
――目に浮かぶ。駄々をこねる暉。
「もやしとキャベツと、肉がなかったからスパム入れてビジュアル的に寂しかったから、ミーゴレン風に目玉焼きをのせてやったら2人前くらい平らげてたな」
「そ、それは……お世話様でした」
私は笑いを堪えて口元を押さえる。
「あいつ、なんか憎めないんだよな。得な性格っていうか。それでなんで、いきなりその話?」
「電話で聞いたときに……おいしいのかなって、ふと思ったから」
「あれは適当に作ったからもう二度と作れない。あんまり美味《うま》くなかったし」
「……」
蒼は目で「なに?」と訴えていたけど、私はあきらめて「なんでもない」と首を横に振った。
私も食べてみたかった、と言い損ねた。
午後はドラッグストアや生活雑貨の店、輸入食品の店などをさっと回って、蒼が必要だというものを買う。大きなショッピングカートに次々とモノが放り込まれる。ちゃんと役に立ったと暉に堂々と話せそう。ついでに私も生活雑貨のお店でホワイトティーやベルガモットのバスオイルやボディミルクを買う。
ブルゴーニュのシャルドネと南フランスのロゼワインを1本ずつ、生ハムやパテなどのシャルキュトリを買っているのを見て、そういえばワインには詳しそうだったなとぼんやり考える。知り合ったきっかけは、専務がくれた超高価なワインだったから。
最後にモールの一番端っこのスーパーマーケットエリアに来る。
「なぁ、じゃんけんしよう」
唐突に蒼が言い出す。
「はい? なんのために?」
歩き疲れてカートにもたれるようになっていた私は首をかしげる。
「負けたほうが勝ったほうの言うことを3つ、聞く」
……また何か企んでいるっぽい。
私がいぶかしげに見上げると、胡散臭いさわやかな笑顔で蒼は言った。
「なんだよ。最初から負けるつもりか? あんたが勝てば何の問題もないだろう?」
そりゃ、そうだけど……
「それじゃ、行くぞ。最初はグー」
はっ。
じゃんけん、で構える。
ぽん、ですかさずグーを出す。
蒼は……
パー。
にやり。右の口角が吊り上がる。
「……」
私は自分の右手のグーをじっと見つめる。
「じゃあ、あんたの負けということで。まずは一つ目。夕飯は任せた」
「ええ?」
「惜しかったな。確率は半々だったのに。俺が負ければ、適当ヤキソバとは比べ物にならないものを作ってやったのに、残念」
「……」
――絶対、残念がっていない。
「ん-、それじゃあ、中華でよろしく」
「……かしこまりました」
結局、家にいても私が夕飯担当なのでいつもと同じだけど。わざわざじゃんけんするまでもないのに。謎。
オイスターソース、チキンストック、甜麺醤、豆板醤。豆腐、ひき肉、豚バラ、長ネギ、片栗粉、キャベツ、ピーマン。
「花椒もいっとこう」
蒼は小さな瓶を買い物かごにポイっと放り込む。
何を考えているんだろう?
たぶん、さっきロゼワインを買っていたから中華って言うんだと思うけど……
普通に、作ってって言えばよくない? わざわざじゃんけんする意味がわなからない……
私のかわいいトゥインゴは、後ろの座席が買い物の荷物でいっぱいになる。
「ほら、開錠してみろ」
蒼の部屋の前で、私は背中を小突かれる。
暗証番号は、私のPCと同じ。
3253
「よくできました」
後ろから頭をつかまれてわしわしと撫でられる。
髪がぐちゃぐちゃ……
うん?
リビングにはすでにソファが置かれている。
「ソファ、あるじゃない……」
私が首をかしげて呟くと、蒼は荷物を置いてにやりと笑い、寝室のドアを開けてどや顔で言った。
「うん、こっちも、すでに昨日からある」
「なによ……」
ベッドも、ちゃんとある。
ブルーグレイの壁紙に黒い木製のブラインド。銀色のシェードのペンダントライト、ヴィンテージブラウンの木製の床にグレイのラグマット。白のシーツに薄いグレイのリネン、そして白とグレイとブルーグレイの微妙にサイズや形の違うマクラたち。
「もう来てたなら、手伝い自体そもそも必要なかったよね……?」
呆然とする私の後ろで、蒼はくすりと笑う。
「必要だよ」
「え?」
「あんたが、必要だよ」
はっと息をのむ。
なんか、まずい。
目が、怖い。
今更だけど……
熱を含んだまなざしに射すくめられる。
まるで捕食者に出くわしてしまった被食者のように。
逃げなくてはと思うのに……圧倒的な色香に魅了されて、目が離せないし体も動かない。
後ろから伸びてきた両手が、私のウエストを包むように引き寄せる。そしてさっき髪をぐしゃぐしゃにされた頭のてっぺんにキスが落ちる。
「命令その2」
「はい?」
「もう逃げるなよ」
「……!」
金魚のように口をぱくぱく動かしたままなにも声を発することができない。
そうこうするうちにショッピングモールでされたみたいに、遠心力でベッドの上にぽーんと放り投げられた。