LOVE, HATE + LUST
1-4
「アイスアメリカ―ノ、ショートでお願いします」
「あたしはキャラメルフラペチーノ、トールで。支払いは2つともこれで!」
佐々木千夏はレジのスタッフにスマホを差し出した。
「えっ、いいよ、佐々木さん……」
私もスマホを出そうとすると、千夏はそっと手で私の手を押し返した。きらりん。私をちら見した彼女の目が光った。
「あたしが払います。この前、おごってもらったので」
「あ、ありがとう……」
これは……彼女は何かを嗅ぎつけている……
佐々木千夏は私のふたつ下で、渉外部で働いている。
明るく世渡り上手で打たれ強くてつかみどころのない、イマドキの打っても響かない子だ。
新入社員のころから、その存在は把握していた。社交的で話がうまくて気取らず、憎めないタイプ。顧客受けもとてもいいみたいなので、渉外部は彼女にとても向いていると思う。
駿也に根負けして付き合い始めた少し後から、渉外部へ行くと彼女がどこからともなく飛んできて、私に絡むようになった。かといって、彼女の目当ては上司(=駿也)ではないらしい。私なんて敵じゃないとばかりに駿也に言い寄るほかの女子たちとは違うようだ。
どうしてわかったか?
それは、彼女自身が私をカフェに引っ張って行って、はきはきと持論を述べたからだ。
「師匠、と呼ばせてください!」
私は首を横にこてんと倒した。
「はい?」
「呼んでもいいですか?」
「あの、どういったことででしょう?」
「山野井さんは一見、普通のキレイな部類のおねえさんです。めっちゃ仕事がデキるとか、絶世の美女だとか、モデル体型だとか、そういうのじゃないですが」
「……」
私は彼女の一言一言に、徐々に目を見開いた。それは、人に言われるまでもなく自覚していますが。
「あ、ちゃんとキレイな部類って言いましたよ! ディスってはいないです、念のため」
「あ……はい、お気を使っていただいて」
「でも山野井さんの周りには、イケメンがうようよいます。磁石のように、間違いなく引き付けているんです」
「へ? うようよって、誰???」
「初出勤の日に山野井さんに一目ぼれしたと追い回した係長に、同期の麻生さん。そして山野井さんを直々に選んだという専務」
「あー~」
(でも、翔ちゃんと専務は対象外だから関係なくない?)
「なのであたしも将来のために、どうすれば逆ハーできるかを山野井さんを観察して知りたいんです!」
ぽかーん。
「逆ハー? なんですか、それ……」
「逆ハーレムです!」
「はい? 別に私、そんなものは作ってないですよ……」
「くっ、あざとい‼ そこです! そういうところ! 師匠! 渉外では係長に変な虫が寄らないようにあたしが代わりに見張っておきますね!」
頼んでもいないことを任務のように言って、彼女は私になついてくるようになった。まぁ、私から得られるものなんて、何もないと思うけどね。
「佐々木? あー。あいつ、ちょっとやばいね」
駿也に訊くと、即答でそんな答えが返ってきた。
「やばいって、どうやばいの?」
「変わってるよ、すごく。注意しても全っ然、響かない、気にしない、省みない。でも顧客受けはいいんだよ。だから自由にやらせてるけど」
「仕事はできるのね」
「できるよ。変な奴だけど。あと、あいつの狙いは専務らしいよ」
「あ、そっちか……」
でも半年もすると、私を観察しても何の参考にもならないことに気づいたらしい。あんまり絡んでこなくなったのだ。正直、ほっとした。でも時々、絡んでくる。今日みたいに。
「あの私、そろそろ戻らないといけないんだけど……」
「あっ、山野井さんっ!」
コーヒーのお礼を言って去りかけた私の左ひじを、千夏は急いで捕まえた。
「うん?」
振り返ると、彼女は大きな瞳を好奇心できらきらと輝かせて私を見つめた。
「最近、課長から何かもらいませんでした?」
「え?」
やっぱり……なにか嗅ぎつけたな。
「いやなんか、ここ最近、山本さんと頻繁に連絡とってたみたいだから」
山本さんとは、顧客の一つ、大手百貨店の中のジュエリーブティックの渉外担当だ。
「べつに……なにももらってないけど……」
私は天井を見上げてしらを切った。しばらく彼女は私の表情から何か確信をえようとじっと見つめてきた。負けるもんか。
「うーん……そうですか。わかりました」
納得いかなそうに首をかしげながらも千夏はいったんあきらめた。ほっ。
「なんだった? あいつ」
フロアに戻ると、すぐに翔ちゃんがひそひそと話しかけてきた。
「なんか嗅ぎつけてた。最近、駿也からなにかもらってないかって」
「怖っ‼ で、なんて答えた?」
「空っとぼけたよ」
「そっか」
✦・✦・✦ What’s your choice? ✦・✦・✦
千夏の質問にどう答える?
A 朔のように空っとぼける
B 逆切れする
C ナイショ! とにごす
D 完全黙秘
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