LOVE, HATE + LUST
第10話

10-1




晩御飯はチキン南蛮。

私流はタルタルソースだけのせておいて、甘酢タレはあと掛け。ザクザクの衣の触感を楽しみたいから。

夜だから軽く十穀米。蒼は完食、私の残したぶんまで食べてしまった。

あまりのおいしさに感激したと言って、食べ終わった後に感激ハグをされた。


お風呂を出て髪を乾かし終えた後に階段下から呼ばれて顔を出すと、上がって行ってもいいかと訊かれる。いいよと答えると、蒼は私の部屋に入るなり大きな紙袋を差し出した。

「あんたにもやるよ」

そう言ってくれたのは、蒼の寝室にあったのと同じ、ムーンランプ。箱から出して、白いベッドサイドテーブルの上にセッティングしてくれた。

磁石で浮くとわかってはいるけれど、ホントに不思議。

実はこんな風にもできるんだ、と言って彼が小さなリモコンを押すと、月は青い光を放つ地球に変わった。私は思わず「わぁ」と声を上げる。

「押していくと、月の色も白っぽくなったり黄色っぽくなったり、変えられるんだ」

「ありがとう。すっごく嬉しいよ」

「1週間の飯のお礼な」

「お礼にしては、高くついたんじゃない?」

「大丈夫。これからも十分モトは取れるから」

……悪い顔してる。



いつか絶対に同じ目に遭わせてあげよう。いや、数倍返ししてあげよう。

私はふんと横を向いて冷たく言う。

「……もう寝るから。おやすみなさい」

ムーンランプのリモコンを蒼の手から奪い取ると、蒼はきょとんと首をかしげる。

「うん、寝れば?」

「いや、寝るから、蒼も客間に戻れば?」

「は? 戻らない。ここで一緒に寝る」

「はい?」

「昨日は俺のベッドで寝たから、今日はあんたので」

「……ほとんど眠れなかったのに、ちょっと!」

蒼は荷物のように私を持ち上げてベッドに転がした。シーリングライトを消して、私の隣に潜り込む。

セミダブルだから、長身の蒼が寝てぎゅうぎゅうに狭くは感じないけど、広くもない。


デジャヴ(2回目)。


抱き枕のように抱えられたら……短期間での学習によって、抵抗するだけ無駄だと悟った。どうせ、力では勝てない。

(口でも負けるけど)

蒼は喉を鳴らす猫のようにご機嫌な様子。

「いいね、朔の部屋の朔のベッド、朔のにおいに満ちてる」

「えっ? やだ、今日はシーツ替えてないから、におうかな?!」

自分じゃわからないけど。

「ちょっと、そんなに焦って暴れなくていいから。そいいう意味じゃないし」

「やだっ、なに、いやっ、吸い込まないでってば!」

また、私のうなじに鼻をつけて蒼は深く息を吸い込んでいる。

「犬みたいにすんすん嗅がないでっ」

「知ってる? 相手をいいにおいって感じるってことは、遺伝子レベルで相性がいいってことなんだ。お互いに感じたら、最高の相性じゃないか? もっとも、女のほうが敏感に感じ取るって言うけど」


はっ。

確かに。



それって、女子のあいだでもよく話題に上るよね。

前に、秘書課の恋多き先輩が言ってた!

『惚れた男のなら、汗のにおいも気にならないよね。舐めても平気。においといえばさ、同じ香水をつけていたって、みんな同じ匂いがするわけじゃないでしょ。本人のにおいと交じり合うから、人によってはいいにおいにも嫌なにおいにもなるのよ。あ、たばこ臭とかラーメン食べすぎギトギト油臭に不摂生臭とかはいやよ。そもそも、そういうクサいにおいの男には、まったくもって惹かれないけどね!』

……ってね。

思えば、駿也のにおいは特別気にならなかった。いや、気にしたことなんてなかった? ん? 

それって、一応、相性は悪くなかったってことだったのかな? もちろん、父さんや暉が汗臭いとか靴下が臭いとかはっきりとわかるけど。それは遺伝子の型が近い者同士で免疫力の弱い子孫を作らないよう、身内の異性のにおいには不快感を感じるように遺伝子に情報が組み込まれているからなんだって、翔ちゃんも言ってたっけ。

それに……

『いい男って大抵、いいにおいがするものなのよ。女が欲しがる男っていうのはね、まあ、一般論だけど、遺伝子的に優れている生き物、すなわちイケメンでしょ。イケメンは免疫力が高くて健康な子孫をのこす(タネ)を持っているの。そういう男を女は本能的に求めるから。だからね、実際はにおいを敏感にかぎ分けられるのは、排卵期らしいわ。でも普段でも、いいにおいか嫌なにおいかはちゃんと嗅ぎ分けられるよね』

とも言っていた。他人に「クサい」と感じるにおいは、免疫力を決定する遺伝子が自分と似ている相手で、「このひとと子孫を作っても、強い免疫力を持つ子は生まれないので無駄だよ」というサインなのだそうで。

「……」

もそもそと体をよじって向かい合うまで反転させ、蒼の首筋のにおいを嗅いでみる。これは……お風呂上がりの男性用のオードドワレの甘いにおいもするけれど、蒼自体の別の、すごくいいにおいも確かに感じ取れる。

「やめてくれ、くすぐったすぎる!」

蒼が笑う。ここ数日で知ったけれど、首筋は彼の弱点のひとつらしい。マクラの隙間に腕を通しもう片方の手を蒼のウエストから背中に回し、両手でぎゅっと彼を抱きしめて耳の下、首筋から鎖骨のあいだをすんすんと嗅ぐ。あまりの多幸感に、恍惚(こうこつ)としてしまう。

「朔……犬みたいに嗅ぐなって、自分で言ったくせにっ!」

なにか言い返そうとしたけれど、言い返す前にすとん、と眠りに落ちてしまった。


私の体の力が抜けてすぐに、規則正しい寝息がすうすうと聞こえたのだろう、蒼はそれ以上何も言わなかった。

眠りの淵まで落ちる手前で、優しい手が頭を撫でていたように思う。

いえ、願望が見せた夢だったかもしれないけど。



蒼のにおい。

蒼の呼吸。

蒼の体温。

蒼の感触。

蒼の鼓動。


なんて、幸せなの。






✦・✦ What’s your choice? ✦・✦
  もらって嬉しいのは?
    

A  ふたりにだけ意味のあるもの

B  自分が欲しかったもの

C  形が残らない何か

D  人に自慢できる、高価なもの


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