LOVE, HATE + LUST
10-3
土曜日、オープンの日がついに来た。
午前10時。
一番のお客は……翔ちゃん! そしてお忍び眼鏡とマスク姿で翔ちゃんのカレ、慶君(俳優)。
小さなかわいい黄色いバラがたくさん咲いている鉢植えを持ってきてくれた!
「専務も用事が終わったら来るって言ってたよ」
2階席。一番目立たない、かつ1階が見下ろせる見晴らしのいい席にふたりを案内して、私も座る。
テーブルの上にはプレゼントの鉢植え。
「蛍」という種類のかわいいバラは、私の大好きな品種。黄色いバラの花ことばは「友情」。さすが翔ちゃんね。
「専務とのお仕事はどう?」
「あんないい上司はいないよね! だから僕的には、専務を応援してあげたいんだけど……」
はー、と翔ちゃんは浅いため息をついて苦笑する。
「朔ちゃん、しばらく見ないうちになんかきれいになってない?」
翔ちゃんの腕をつついて、マスクを外したケイ君がまじまじと言う。
「えっ? あ、そうだね。そういえば朔……なんか、色気がでた?! 恋愛してるっぽい!」
「翔、そんな言い方。聞いたよ、朔ちゃん。ねぇ、どのひと? まだ来てないの?」
ふたりそろってにやりと口元に笑みを浮かべる。
「ええと……でも、もしここで……紹介の仕方を間違えたら……痛い思いをするのではないかと……」
ああ、とふたりは同時に低く小さく呟く。
「それに、昨夜は職場の歓迎会だって言ってたから……昼過ぎじゃないかな。それか、夕方」
「大丈夫! 今日はのんびりここで本を読むって決めてきたから! ケイもオフだしね!」
「そうそう。朔ちゃん、ここ雰囲気さいこー。悪いけどSNSには載せないで、秘密の隠れ家にさせてもらうね!」
ふたりに送り出されて再び1階へ。
「朔ちゃん!」
薄いブルーのコットンガーゼのシャツワンピース、七分丈の白いレギンスに青いバレエシューズ。茶色いくせっけボブを後ろでちょこんと一つに縛った、細い女性が柔らかい笑顔で私の両手を取る。
「若菜ちゃん、いらっしゃい!」
「朔ちゃん、お久しぶり!」
若菜ちゃんの後ろから、白と紺のギンガムチェックのチュニックにジーンズ、白いスニーカーの小柄な女性がひょこっと顔を出す。ぽっちゃり丸顔だけど……面影がある!
「みーちゃん! わぁ!」
私はふたりに抱き着いた。
「大ちゃんもいっちょに来たんだ。車入れたらすぐに来るわ」
そして扉が開いて、白Tシャツにデニムシャツ、ベージュのペインターパンツにスニーカーの、ひょろりと細い男性が入ってくる。
「大ちゃん、いらっしゃい!」
「おはよう、朔ちゃん」
私は暉を呼ぶ。
「おお! お前ら、久しぶり! 大地はこの前打ち合わせで会ったばっかだけどな」
暉は若菜ちゃんとみーちゃんにハグをして、大ちゃんと拳をぶつける。
窓際のカウンター席に彼らを案内して、暉も一緒におしゃべりする。
三人は私と暉の小中学校の同級生だ。
若菜ちゃんは主婦で3歳女児の母。週に3回ほど市立図書館で働いていて、本の整理や保存、修繕の仕方を教えてくれた。私に負けず劣らずの地味地味少女だった。
みーちゃんこと美咲ちゃんは成人式に大きなおなかを抱えてきた、私たちの中では一番早く結婚した子。今は専業主婦で、8歳の男児と5歳の女児の母。おとなしい私でも仲よくしてくれた明るい女の子だった。
そして大ちゃんこと大地君は花屋の息子で、新婚さん。給食を最後まで食べきれないでお掃除の時間もまだ食べていたような超マイペースな子だった。ちなみに大ちゃんのお店から、店内に飾る花を定期的に仕入れる契約をしている。
「素敵なカフェだね。若菜から聞いて一緒に来ちゃった。これからも昼間に来るね」
みーちゃんは子育ては毎日が戦争みたいだとため息をつく。若菜ちゃんが激しく首を縦に振って同意する。
「ホントだよね。うちもまだちっちゃいから、すぐに熱だしたりして大変よ。でも私も、近所にこんな素敵な憩いの場所ができてうれしいわ」
「いつでも息抜きに来てね。それからお花、ありがとうね」
大ちゃんのお店から、三人で大きな花束を持ってきてくれた。
「おう。いつでも来いよ! 俺が海外の時は、朔をよろしくな!」
「なに、暉君、相変わらずの過保護ぶり!」
「大人になっても変わらず仲いいのね」
二人がくすくす笑う。
「若菜、ここが軌道に乗ったらバイトに来いよ。図書館よか楽しいぞ。美咲は宣伝よろしくな。この中ではお前が社交性一番だし。大地はこれからも花頼むわ」
「こちらこそ、うちの花屋を選んでくれてありがとうだよ」
ばしばしっと大ちゃんの背中を叩き、暉はほかのお客への挨拶に離れていく。
「はぁー。相変わらず暉君はその名の通り光り輝いてるね。あの子だけだよ、私たちみたいなおとなしい子たちをいじめたりしなかったのは」
若菜ちゃんがふふ、と笑う。
「暉のこと好きな気の強い子が朔ちゃんをいじめたりするとさ、その子泣かしちゃって先生に怒られたことあったよね。でも、絶対に謝らなかった。筋金入りのシスコンだわ」
みーちゃんがあははと笑う。
「朔ちゃん、おとなしかったからなぁ。あっくんはかっこよかったなぁ。俺も守ってもらうほうだったけどー」
大ちゃんがへにょりと笑う。
「ねえねえ、今度ここで私たちの同窓会しようよ。大ちゃん結婚おめでとう・嫁お披露目パーティでもいいからさ!」
みーちゃんがパン、と柏手を打つ。私たちはいいねぇ、とうなずく。
「あっくんはほとんど海外だし、朔ちゃんは大企業で働いていたんだろう? でもさ、ふたりが地元に戻って来てくれて、すっごく嬉しいよ」
「暉はまたちょくちょく海外に行くと思うけど。私もみんなにこれからも頻繁に会えると思うと嬉しいよ」
ほんわか。
私がへたれでも許してくれる、幼馴染は素敵な存在。
今日は静かさとは無縁なブックカフェ。
海里君の友達や、父や妙子さんの知り合い、近所の人たちもちらほらとやってくる。
そしてお昼少し前に、彼女がやってきた。