LOVE, HATE + LUST
10-4
「朔おねえさん、また来ちゃいました!」
白いワンピース姿の華奢な少女が、ピンクと黄色のダリアの花束をもって入り口ではにかんでいる。
「るなちゃん。いらっしゃい!」
私は笑顔で迎える。外見はもちろんのことだけど、なんてかわいいんでしょう。なぜなのかはよくわからないけれど(もしかして、自分の少女時代を思い起こさせるからかもしれないけど)、私はるなちゃんに好感を持っている。
「るなちゃん、2日ぶりだね!」
接客中の海里君が、るなちゃんを見つけて挨拶してくる。
「あ、海里君、こんにちは!」
海里君は手をちょっと挙げて接客に戻っていく。
「るなちゃん、この前海里君の恋バナ聞いたの?」
私が笑うと彼女も笑った。
「はい。ヤマネコさんですね!」
……海里君、15歳の少女には、刺激的な話はしていないと信じてる。
「本当はハリネズミが好きなのに、ヤマネコを好きになっちゃって苦労してるんですって。じゃあやめちゃえば? って言ったら、それができれば悩んだりしないんですって」
ほっ。
私はるなちゃんの手を取って妙子さんの働くキッチンカウンターの席へ向かう。
ちょうど妙子さんと話していた暉を呼び止め、るなちゃんを紹介する。
「暉、ちょっといい? 昨日知り合ったかわいい友達を紹介するわ」
「あっ! 旅のおにいさん!」
るなちゃんは大きな目をさらに丸くする。
私たちのほうを見た暉は一瞬目を見開き、そして首をかしげる。
「なに?」
私も首をかしげる。暉は首を横に振る。
「あ、いや、何でもない。なんか、子供の頃の朔に似てるかもって思って」
「あ、そう思った? 私も思ったよ。他人の空似だね。この子は、るなちゃん。るなちゃん、私の双子の兄の暉よ」
るなちゃんは行儀よくお辞儀をする。
「初めまして。るなといいます」
「初めまして。るなちゃんか。どうぞよろしくね」
「おにいさんのSNSのフォロワーです!」
「おおお! それはありがとう! てか、いいね、そのおにいさんて! これからもそう呼んで! 中学生?」
「高校1年生です」
「うんうん、そうか。お昼は食べたかな? まだなら好きなの注文して。俺のおごりだ!」
「ええ? それは……」
るなちゃんが戸惑っている間に、暉はカウンターを離れていく。
「いいでしょ、るなちゃん、店主がああ言ってるし、はい、メニュー。決まったら妙子さんに言ってね」
「ありがとうございます!」
私はメニューをるなちゃんに渡して妙子さんに事の次第を伝えた。そしてカウンターにあがってきたキッシュを2人前、トレイに乗せる。
「るなちゃん、またあとでね」
「あ。お構いなく! 読書しに来ましたから……」
「今日はちょっと騒がしいかも、だけど。ごゆっくり」
私は再び2階に上がる。
「翔ちゃん、ケイ君。お昼持ってきたよ」
ふたりはテーブルをはさんで仲良くそれぞれに読書を楽しんでいる。
「さんきゅ!」
「ありがとう、朔ちゃん」
翔ちゃんは『高慢と偏見』、ケイ君は『風姿花伝』を読んでいる。ケイ君は秋から『高慢と偏見』の現代日本版舞台でダーシー役を演じることが決まっている。今更だけどちゃんと読んでおきたいと、翔ちゃんは最近、ジェーン・オースティンを原書で持ち歩いている。世阿弥の『風姿花伝』は、ベテラン俳優の先輩から勧められたそうだ。
読書を中断して、彼らはランチをとる。
吹き抜けの2階からは、1階の入り口付近がよく見下ろせる。
「あ、専務」
翔ちゃんが目ざとく声を上げる。
入り口できょろきょろとあたりを見回す白いシャツにグレイのパンツの、長身の男性。淡いピンクのバラ、オレンジや黄色のガーベラ、白やピンクのトルコキキョウ、白いラナンキュラスやオレンジのカーネーションなど、たくさんの種類の花で作られた大きな絶妙なバランスの大きな花束を抱えている。
彼がドアを開けて入ってきた瞬間、1階の人たちはその圧倒的なヴィジュアルに気おされて呆気に取られていた。
王子様が大きな花束を手に登場するのだから、無理もない。
翔ちゃんの声を聴いた専務が顔を上げる。2階にいる私たちを見つけて、笑顔になる。
「花がほころぶような笑顔」とは、男性にも使える表現だろうか。
花と王子様。私と翔ちゃんの背後で、ケイ君が「おお」と小さく呟いた。
私は急いで階段を下りて1階に向かう。
「本当にいらしてくださったんですね」
私が笑顔を向けると、専務ははにかんだように微笑んだ。
「もちろんです。開店、おめでとうございます。これ、どうぞ」
ばさ。
両手で抱えるほどの花束。幼馴染たちが小さく「おおお」とおののいている。専務の周りだけきらきらしているみたいに見えるけど、ほかの人にも極上セレブオーラが見えているのかもしれない。
「こんにちは。いらっしゃいませ」
暉が私たちに近づいてくる。専務は暉にお辞儀をする。暉も専務にお辞儀をする。
「こんにちは、初めまして。朔さんの元上司の富小路と申します」
「初めまして。朔の兄の暉と申します。お話はたくさん伺っているので、初対面という気がしないですね。お忙しいと伺っていますが、お越しいただきありがとうございます」
「本日はおめでとうございます。ワインがお好きだそうですね。こちらをどうぞ」
専務はワイン用の細長い紙袋を暉に差し出す。
暉はそれを受け取り、中のボトルを見て喜色を表す。
「うわっ! これ、本当にいただいてもいいんですか?」
専務は優雅な笑みを浮かべる。
「夏からうちで取り扱うことになった商品ですが」
「ありがとうございます! 朔、2階にご案内してゆっくりしていただいて」
欲しかったおもちゃを手に入れた子供のように浮かれながら、暉はワインを安全な(?)場所に保管しに行く。
「どうぞ」
現金な暉に苦笑しつつ、私は専務を2階に案内する。