LOVE, HATE + LUST

11-4




木曜日。


翌日は朝から警官が数人やって来て、実況見分が始まった。

その後、最寄りの警察署に出向き、被害届とその他もろもろの手続きをする。私にはよくわからないことばかりだけど、蒼がすべてを進めてくれた。

着けるのが面倒だと言っていたひまわりと天秤の金バッジを、落ち着いた知的な感じのイングリッシュスタイルのスーツのラペルホールに着けて黒ぶちメガネをかければ、寸分の隙もない優秀な弁護士にしか見えなかった。


「ああいう権威主義のところでは、見た目がモノを言うからな」


警察からの帰り。

あかねさんとトニさんのトラットリアでランチ。手長エビ(スカンピ)の香草パン粉焼きを食べやすいように切り分けてくれながら蒼が口の端を上げる。私も同じようにして、ありがとうを示す。

「でも災難だったね、朔ちゃん。リアル・ホラーだったよね、それ。シオリの奴、だまし合コンに危ない女呼ぶなんて、しばいたろか」

彼女は私の前にラザーニャを置きながらふんす、と鼻息を荒くした。

「たまたま暉が不在の時だよ。でもまさかドアのガラス破って侵入するとはな。恐ろしい女だ」

「蒼が来なかったら、刺されてたかもしれなかったね。あの人、ナイフ所持してたって、警察が言ってたから」

私が苦笑すると、ひえっ、とあかねさんが小さく悲鳴を上げる。

「暉がなびかないのはもう誰か女がいるからだって、逆恨みしたみたいだな。案の定、SNSブロックされてから怨みと嫉妬心を募らせて行動に移したらしい」

「ホント、無事でよかったね。暉には知らせたの?」

「ううん。帰国したら言うつもり。言ったら取り乱して泣いちゃって、むこうで仕事にならないから」

「って言うけど、帰ってから言っても泣きわめくことには変わりないな」

「あー、わかる! ちょっとめんどくさそう」

はは。ふたりともさすが、暉のことはお見通しだね。


あかねさんから熱烈労わりハグを受け、トラットリアを後にする。

「メンタルケアも大事だよな?」

蒼はまた、私を水族館へ連れて行ってくれた。

ただの偶然なのか……昔、嫌なことや悲しいことがあると私がよく水族館に行っていたことを、まるで知っているみたい。それも「不思議じゃない」とすれば、例のごとく何かウラがあるのかな?
 


翌日は蒼が妙子さんにお願いをして、朝から来てもらった。妙子さんが来たことを確認して、蒼は出勤した。

「過保護ねぇ。確かに、大事があった後だからわかるけど」

妙子さんはふふふと笑った。

「大丈夫?」

「大丈夫」

裏口からカフェに入る。

深呼吸。

屋根部屋に向かう。大丈夫、彼女は今、警察で拘留されているから。



PCの電源を入れて起動させ、メールをチェックする。大丈夫、彼女からのメールはもう来ない。

「あれ?」

カフェのメールをチェックし終わって自分の個人メールをチェックしていると、懐かしい人からのメールがあった。

差出人は、圷駿也。

『山野井朔様。お元気ですか?』から始まり、5月からイタリアで親子三人で暮らし始めたこと、今は政府公認観光ガイドになるための猛勉強をしていることなどの近況が綴られていた。

最近で一番うれしかったことは、娘に”Papà(ぱぱ)”と呼ばれたこと、ですって。

それから……

あの時、娘のことを考えてくれてありがとう。もっとよく話し合ってと言ってくれてありがとう。あの時、きみを手放したくなくて意地を通して結婚していたら、彼女たちのことも諦めきれず、きみのことも不幸にしていたかもしれない。気づかせて突き放してくれて、本当にありがとう、と書かれていた。

添付ファイルを開くと、小さな女の子をおんぶして、いとおしそうにその子を振り返って幸せそうに笑んでいる写真が現れた。それを撮ったのは、アンナさんだろう。小さな女の子はカメラ目線でとびきりの笑顔を見せている。

母親は写っていないけど、それは親子三人の仲睦まじい写真。

幸せそうで、良かった。


メールのお礼を返信する。幸せそうで、何よりです。

そして最後に、ひとこと(ふたこと?)。

『私は今、好きな人がいます。心配しないで』



うん。

彼のベクトルは、「幸せ」に向かって伸びているみたい。


私は……どうなのかな?



午後2時、ホールは海里君に任せて私は妙子さんとキッチンカウンターにいる。

海里君が、若い女性のお客と大テーブルの脇に立って何やら話している。

華奢な体形に白のひざ丈のAラインワンピースにピンクベージュのパンプス。赤みがかったダークブラウンの髪をゆるいポニーテールにしている。海里君がこちら側向きなので顔は見えないけれど、恰好からして若そう。

「あら、何かしら? 結構話してるみたいだけど、何かあったのかしら?」

カウンターの内側から妙子さんが心配そうに海里君を覗く。カウンターの外のスツールに座っていた私は首をかしげる。

「確かに。トラブルには見えないけど、逆ナンでもなさそう。なんだろう?」

海里君の表情は、いたってまじめだ。すると、ちょっと首を伸ばしてこちらを見た海里君と目が合った。海里君は両眉を上げて、助けを求めるような表情をする。

「なんか、助けてほしいみたいだから行ってくるね」

私は立ち上がり、カウンターを離れる。


「店長……」

海里君が私を名前で呼ばずに店長と呼ぶのは、蒼の指示らしい。昨日のような事態になったら大変だからと、海里君は今日から徹底して私を名前で呼んでいないのだ。

海里君と向かい合っていた女性がぱっと振り返る。

吊り上がり気味の大きな目、小さな鼻に小さな口。かわいくて気の強そうな……20代前半くらいの女性。若いけれど……そのワンピースはたぶん、ハイブランド。ダイアの一粒ペンダントも高価そう。

「あっ、あなたが?」

かわいらしいソプラノの声。

「こちらの方が、女性のほう(・・・・・)の責任者に合わせてほしいとおっしゃるんです。何のためなのか伺っても、教えてくださらなくて……」

海里君は困惑している。下手に昨日のようなことになったら、蒼に怒られるのかもしれない。私は彼に微笑んでうなずいた。

「大丈夫よ、ご用件を伺います」

視線で仕事に戻るように促すと、海里君はその場を離れた。女性は白いハンドバッグ(これもスペインのハイブランド)を左の肘にかけて、右手の人差し指をかわいらしい口元に当てて「ふぅん」と呟いて小さくうなずいた。

私は小首をかしげる。

「あの、お客様?」

彼女は私をつま先から頭のてっぺんまでスキャンするようにじっと見つめる。彼女からは甘ったるい香水の香りがきつめに漂っている。

「なるほどぉ。失礼」

彼女はぺこりと頭を下げると、優雅な足取りでドアを開けて去っていった。



なに? 誰の関係者? 何だったの?


①また暉?

②それとも蒼?



一体、なに⁈






✦・✦ What’s your choice? ✦・✦
     元カレとは?
    

A  知人として連絡は取りあえる

B  自分からは連絡しない

C  すれ違っても無視

D  悪い噂を振りまいてやる


 ✦・✦・✦・✦・✦・✦・✦・✦・✦・✦・✦・✦ 






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