LOVE, HATE + LUST
第15話
15-1
思わず、絶句。
そこはアメリカのホテルチェーンの多国籍企業が手掛けた、日本に初進出のフランチャイズのリゾート系ホテル。
確か、そういうホテルができるという経済誌の記事を、秘書をやめる少し前に読んだ記憶がある。
ホテル本館を中心に広大な土地の中には、海に面したヴィラエリアと森に面したヴィラエリアがる。タワーにはいくつかのレストラン、カフェ、ラウンジバーに加え、スポーツジム、スパ、室内外にそれぞれスイミングプール、国際会議にも使用できるホールやビジネスルームもある。敷地内にはゴルフ場、数枚のテニスコートやジョギングコースも備えられている。
先月オープンしたとニュースで見たけれど、確か予約が3年先まで埋まっていると言っていた気がする。
「世の中は人脈がモノを言う」
蒼のそのドヤ顔は何を意味するのか。
レセプションのある地階から3階に上がると、そこには大きなカフェがある。床は暖色系のモザイク。アール・ヌーボー調の鉄骨にガラスがはめられたドーム型の高い天井、白いテーブルクロスが掛けられた丸テーブルにウィリアム・モリス調のボタニカル柄の椅子が置かれている。背の高いアレカヤシがテーブルの間に置かれ、プライバシーを保っている。
入り口には金のプレートに黒文字で”sixième sens”(第六感)と書かれている。
レセプションの若い男性スタッフに案内されて、森が一望できる窓際の席へ通された。
注文していないのに、アフタヌーンティーの3段ケーキスタンドや茶器類がテーブルに運ばれて次々とセットされる。
うん? カトラリーと茶器が、3人分。
「ソウ!」
やがて人の少ないカフェのテーブルの間を縫って、長身の外国人の若い男性が現れる。白いシャツ、アイヴォリーの麻のパンツ、茶色のローファーの軽装。ダークブラウンの短い髪にアイスブルーの瞳、短いヒゲの……ラテン系のすごいゴージャスなイケメン。
「エル」
蒼は席を立ち、男性とハグを交わす。ふたりは英語で話し出す。
そして彼はハビエルと言って、留学していた時のシェアメイトだと紹介された。「エルと呼んでください」と、手の甲に挨拶のキスを落とされた。三つ目の食器は、彼のものだったようだ。
「ソウ、キミがオレンジの半分をようやく手に入れられて、ボクは本当にうれしいよ」
ハビエルは私をちらりと見てウインクしながら笑んだ。何のこと?
「それで、どっちがいい? 森? 海?」
「両方空いてるのか?」
「いくら満室でも、一族の者たちの急な訪問のために常時3部屋は空けてあるんだヨ。タワーの部屋は今ボクが使ってるからね、選べるのは森か海」
「なるほど。朔、どっちがいい?」
「どういうこと?」
「今日、ここに泊まるんだ。それで、森側か海側のヴィラどちらか選んでいいってさ」
エルこと、ハビエル・ガルシア・ロペス、31歳。
スペイン系のアメリカ人で、ホテルチェーン会社の会長の三男で、新しい系列ホテルの顧問弁護士とのこと。カリフォルニアでの留学時代にシェアメイトだったらしいけど、どうしてそんなセレブリティがシェアメイト? と思ったら、若いうちは極力自力で何でもやるようにというのが家訓のようで。
彼は学費を自分で出して、ロースクールまで修業した。その外見からして想像に難くないが、ハイブランドのモデルをして稼いでいたらしい。
結局、選べというので森を選んでみた。
これから重役会議に出席するのでまたそのうちに、と言い残してエルは去っていった。なるほど、「人脈が……」というのは、彼のことだったのね。
20代前半くらいの外国人のイケメンベルボーイが白のアカディアで送ってくれたヴィラに、またまた驚いてしまう。森の中に点在して小道でつながっているほかの小さめのヴィラとは違って少し小高いところにあって、しかも門までついている、豪邸ともいえる大きさ。
「あ、これ各国のVIPを泊めるってとこのひとつかな。俺たち小僧じゃ普通は手が出せないレベル」
広い部屋を見渡して蒼が肩をすくめる。いや、それなら一泊何十万するの⁈
部屋の入り口で途方に暮れる私を振り返り、蒼がにやりと笑う。
「朔、ここいっぱい写メって暉に送るんだよ。宣伝するって条件で、エルがただで使っていいって。暉にも、了承済み」
「ええっ⁈」
室内から全面ガラスの扉を開いて外に出ると、L字型のウッドデッキがある。そこからは緑深い森と、遠くの街が一望できる。夕日に染まるウッドデッキには、ロールアップできる白い帆布のシェードが取り付けられている。
全面窓はその上も同様に全面で吹き抜けになっていて、壁際の階段を上ればロフトがあり、そこにキングサイズのベッドがふたつ並んだ寝室になってる。
そして浴室の扉を開けると、思わず感嘆がもれる。広い窓の外は緑の海。木漏れ日が差し込んできらきら輝いている。浴槽は10人くらい入ってもまだ余裕がありそうな円形のジャグジー。
ありきたりな感想だけど……すごい、ゴージャス。言われた通り、次々と暉に写メを送る。
ヴィラ内の探検を終えてメインルームに戻ると、ジャケットを脱いだ蒼がえんじ色の革張りのカウチのひじ掛けに背もたれて、誰かと電話で話していた。
「夕食が7時ごろ届くらしいよ」
背もたれた蒼の反対側に座ると、通話を終えた蒼が言った。
「ここに?」
「ん。何か要望があればあそこのキャビネットの上の白いやつに話しかけろってさ」
入り口近くのロココ様式のキャビネットの上に、スノードームのような白い物体がある。
「あれはなに?」
「AI執事らしい」
蒼が仰向けに寝転んだまま私の手首を引っ張って抱き寄せる。
「今日はマウンティング野郎が朔を変な目で見てたよな」
「いや、特別何も感じなかったけど」
「何言ってるんだよ。あいつの目、おかしかったし」
「名前訊かれた時、教えなかったのは失礼じゃなかったかな」
「まったく。あいつがあんたの名前呼ぶと思うと、ぞっとする」
私はくすっと笑う。案外、やきもち焼き?
「あのひと、蒼のことが好きだから絡んでくるんだと思うよ」
「まぁ、執着されてるとは感じるな。あいつも気の毒にな。父親同士が仲がよくて同い年だから、小さい頃からずっと自分の親に俺と比べられて。だからあんなに卑屈な性格になったんだな」
「マウンティングする人って、承認欲求が高いよね。もうすこし優しくしてあげれば?」
「ヤダ。なつかれてもウザいし。あと1,2年で自分の父親の事務所に戻るだろうから放っておくのが一番。俺じゃなくて、遠西に執着すればいい」
「由紀彦さんと、由紀奈さんね」
思いだして笑ってしまう。
「どっちも強烈なキャラクターだよな」
夕日が、窓一面に降り注ぐ。私たちはオレンジ色に包まれる。あ、オレンジ色と言えば……
「ねぇ、蒼。さっき、エルが蒼に言ったよね。オレンジの半分を手に入れたとかなんとか。あれは何かの比喩?」
「ああ、あれね」
蒼は柔らかく笑った。