LOVE, HATE + LUST
15-3
エルのはからいでレイトチェックアウトぎりぎりまでゴージャスな休日をのんびりと過ごした私たちは、日曜の遅い午後にスーパーに寄って食材をたくさん買い込んで帰宅した。
非現実的な雲の上の世界から、一気に下界に降りてきた感じ。でも、悪くない気分。
BBQグリルに炭を熾しておいてというメッセージを送っておいたので、縁側の中庭ではもうすでに準備は整っていた。
「おかえりなさい!」
暉とリュン君はトングやお皿をそろえて縁側に座ってかき氷を食べていた。
私も蒼も楽な格好に着替えてふたりに合流する。野菜を切り、肉の下ごしらえを終えると、三人がそれらを縁側に運んでくれた。
お土産のピノ・ノワールで乾杯して(リュン君はオレンジジュース)、夕日が沈むころに日曜のバーベキューが始まった。
「リュン君、昨日の夕飯は何を食べたの?」
カルビに幸せそうな顔をする甥っ子に尋ねると、彼は目を輝かせた。
「オコサマランチだよ。妙子さんが作ってくれたよ。アキはオコサマランチの大きいやつ」
なんか目に浮かぶ。ほほえましい。
「まだまだネタはあるぜ。お好み焼き・ヤキソバパーティに、流しそうめん大会。あ、うちばっかじゃなくてこんどみんなで肉フェス行こう!」
暉の言葉にリュン君がさらに目を輝かす。お互いのことを7年も知らなかった父子は、結構うまく空白の溝を埋めているみたい。親子というよりも、年の離れた兄弟みたいだけど。
蒼と暉はグリルの当番を代わりながら、エルのホテルについて話している。
私とリュン君は縁側に座り、焼かれた野菜や肉をお先に堪能している。
「ねえ朔ちゃん」
「なぁに?」
「ボクに、ミソシルとか、いろんな日本の料理、おしえて。アルルに帰っても、食べたくなるから。マモンにも、作ってあげたいの」
「ん。もちろんだよ。リュン君のママも、日本食好き?」
「とても好きだよ。アキのこと好きになったから、日本のことも好きになったんだって」
「今でも、好きかな? その……暉のこと」
「そうだと思うよ。ボクの名前、リュシアン・ラファエルはマモンがくれたの。リュシアンは、光、だよ。アキの名前と同じ意味なんだって。ラファエルはええと、フランス語でサン……サン・ジェルマンとかサン・ミシェルとかの……」
「聖人、ね」
「うん。生まれた日のせいじんの名前」
「あ、聞いたことあるよ。366日、聖人が決まっていて、生まれた日の聖人の名前を子供につけるってやつね」
「うん。それ。ぐうぜん、だけど。ボクのはラファエル。天使の名前でも、あるでしょ? 旅をする人の守護天使だよ」
「ああ!」
旅をする人。リュン君のママが暉と出会った時、暉は旅をしていて……いまでもずっと、旅をしている。
「もうひとつ、ぐうぜん。マモンの名前クレール、輝くっていう意味なの」
「うわぁ」
それなのに。
彼女は、暉のプロポーズを断った、のね。フランスは結婚しないまま家族を作る人も多いって聞いたことがある。婚外子の子も普通に多いし福祉も整っていて、日本よりも子育てがしやすいって。
好きな人の子供(たち)を産んで、そして去って行った私と暉の生みの母(今はるなちゃんの母)。
好きな人の子供を産んで、その存在を知らせることなく駿也に黙っていたアンナさん。
好きな人の子供を産んで、夫としての役割は一切求めずに、子供をいつくしんで育てているリュン君のママ。
私には三人ともよく理解できないな。まあ、いろんな生き方があるということは、納得できるけど。
でも……
リュン君のママが暉のことをちゃんとリュン君に教えてきたことは、きっと自分や暉のことよりも、リュン君を大切にしているってことなのは、理解できる。
彼女は、リュン君から実の父親を奪わないことにしているのだ。
もしも大きくなって自分のルーツに興味を持った時に、会いに来られるように。
自分が何者なのか、知れるように。
「マモンに恋人がいても、アキに恋人がいても、ボクは気にしないよ。ボクは、マモンもアキも大好き」
7歳にして、その境地。
バーベキューのあとは、花火をした。そして蒼は翌日の仕事のために家に帰った。
私がリュン君をお風呂に入れて寝かしつける間、暉は炭火の後始末や庭の掃除をした。
リュン君の客室から自分の部屋へ戻る途中に居間を覗くと、暉がソファで白ワインを開けているのが見えた。
「暉」
声をかけると私を見て「おう」と口元をほころばせた。私は暉の向かい側に座る。
「昨日はありがと。すごいゴージャスなところで、楽しかったよ」
「よかったな。融通が利くやつが出てきたら、また譲ってやるから蒼と行けばいいよ」
「ねぇ、暉は、一緒に住むようになったら私が何かに巻き込まれるかもしれないって、考えてたの?」
「あー。蒼から聞いたのか? うん、実際、この前起こったじゃん。シオリに悪意はなかったのはわかるけど」
「それで私が、蒼のこと好きになればいいと思ったの?」
「うん、正直、結構前からそう願ってた。俺が朔のことをどんなに大切か、一番よくわかってる男だから。この前は蒼がいてくれなかったら、朔はけがしてたか、最悪殺されてたかもしれないんだ。そうなったら俺は一生自分を許せなかっただろうな」
「それにしてもふたりだけでそんな話にしておいて。そんな話する前にまずは私の意見も聞くべきだったんじゃない?」
「はは。それは悪かった。でも確信はあった。朔は蒼を好きになる。蒼も朔に惚れこむ。そして現実、そうなった。俺ってすごい」
呆れる私に暉は言葉を続ける。
「あいつはさ、俺の大切な親友なんだ。ワンオアナッシングな性格だから、よくひとから誤解されるんだけどさ。どんなにいい子を紹介しても誰とも真剣に付き合おうともしないで、去る者追わずでさ。朔が彼氏と別れたって聞いて、蒼と会わせてみようって思ってたんだよ」
「どうして、去る者追わずな人と会わそうと思ったのよ?」
「あいつは絶対に朔に惚れる、朔は絶対にあいつに惚れるだろうって、思ったから」
「だから、何を根拠にそう思ったわけ?」
「地球は月に引っ張られて、いろんな影響を受けてるだろ? てか、いいじゃん。大正解だったわけだし!」
言ってることがめちゃくちゃだ。変な説得力があるけど。
「――ていうか、まあ、ホントのことを言うとさ、この13年ずっと、俺自身以外で唯一信頼しきれる他人だからだよ。きっとこの先、何が起こっても、お前を裏切らないよ。俺みたいにね」
暉は白ワインのグラスを持ち上げて笑った。
もしも私が半年前に偶然に蒼に会わなかったとしても。
暉がいるから、私たちは出会うことになっていたのだろう。
それならば蒼の言うように、不思議なことなんてなにひとつ、ありえなかったのかもしれない。
結局、私は軌道の上。
そして必ず、蒼に出会うことになっていたのだ。