童貞を奪った責任




 普段は出歩く事が無い会社近くの歓楽街を彷徨い、駅前の広場でぼーっと人の流れを眺めながら黄昏ていた。




 人と関わる事を辞めたら、他人がどのような動きを取るのか、今見ている光景が真新しく思うのだ。意外にも冷静になる。




 煙草を吹かしながら、只々茫然と座り込み、カタギの連中の幸せそうな表情や、俺みたいに絶望感で一杯になってる奴等に魅入っていると.....






「お兄さんも一人?」




 なんて、声が頭上から聞こえてきて、ゆったりと視線を上げれば、困った様に眉を垂らした女が立っていたのだ。




 お兄さん“も”という言葉に引っかかる部分がある。




 
「ちょっと話を聞いてよ.....。」と図々しくも隣に腰掛けた女は、俺を見る訳でもなく、正面の煌びやからなネオンを見つめながら、「男って本当傲慢よね~。」と語りだした。



 不思議な感覚に陥った。


 俺は別に相槌を打って、その女の言葉を聞き入っている訳でもないのに、ただ一人で喋る女は、「都合がいい女で良いんだけど、その都合に合わせてやってるのに、ドタキャンは無いよね。」なんて愚痴を溢した。



 女は苦手だった....。だけど、別にこの女からは異性(俺)に対しての好意とか感心とかは一切感じられず.....。




「私ってば、何でお兄さんみたいな人に声掛けたんだろ。兎に角、知らない人だから、二度と会わないだろうって思ったらついね....愚痴っちゃってごめんね。」



 独りでに語って、聞いてもらえてスッキリしたのか、女は立ち上がった。



 二度と会わないから、自分の秘密を話したところで害は無い。知らない人だから....。



 何故かお礼を告げてきた女は笑みを浮かべていて、それが不覚にも綺麗だと思ってしまったのだ。



 

 何とも言い難い雰囲気を醸し出す、その女の手に触れた。




「....今の私の気分聞いてたでしょ?」


 なんて、困った様に眉を顰めて、俺の手を凝視する。



 逢う筈の男と逢えなかったと告げた女。その相手が都合の良い女として、この人を見ていることを少しでも腹立たしいと思ってしまったのだ。



 
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