童貞を奪った責任



 この時私は何故か冷静だった。



 詠斗の腕が絡みつく腰回りを払い除け、立ち上がって目指す先には、見た目推定年齢アラフォーであろう強面のオッサンの前。



 いい歳したオッサンな筈なのに、短い刃物を持つ腕は震え上がっていて、怖いイメージなのに、何とも間抜けな面に呆れてしまうし、拍子抜けしてしまう。

 ヤクザの威厳もへったくれも無いじゃない。



「天竜さん、とりあえずそれしまってください。」


 
 そっと小さく見える男の肩に手を添えると、震えていた筈の身体が一瞬にして静まり返った。


 動きを止め、動揺を隠せない男は、アワアワと口元を震わせて私の瞳を見つめる。




「....あっ、ぁああ姐さぁああん。」


 私の慈悲に気付いたのか、感極まって泣き出してしまったオッサンは、握り締めていた筈の刀から手を離してしまい、それは当たり前だけど....




 一回転、二回転.....ぐるぐる回る刃がザクりと突き刺さった。




「―――っぶな!!何すんのよ!!」


 刺さった先は、私の足先すれすれの位置。



 条件反射で思わず振るった拳は、見事天竜さんの右頬にクリーンヒットした。そのまま横に雪崩れたおっさんは、ナナの御膝元で伸びてしまったのだった。








「ガハハハッ!!マジか、超ウケるんですけど!!」



 危うく足の指が切断か、甲を貫通するところだった。とはいえ....やってしまった。とは実にこの事だ。




 白目を剥いた天竜さんを見て、笑い転げる下品なヘラヘラ白髪。そして一発で仕留めてしまった私の顔は蒼白....そして、






「お見事、切腹よりも面白いのが見れたわ。





―――――流石は、俺が見込んだ女だ。」





 なんて、背後から笑い声が聞こえてきたんだ。






 笑えねぇから!!

< 53 / 152 >

この作品をシェア

pagetop