童貞を奪った責任
「伊丹、朝からお盛んだな。」
翌日、嫌々ながらに、例の黒塗り高級車で会社まで送ってもらうと、朝一から部長に遭遇してしまった。
昨晩は結局のところ、寝床を分けてほしい私の提案でもうひと悶着あって、あの野郎の強引さに負けた私はそのまま詠斗に抱かれた。
一緒に寝る事以外は認めないらしい。これだから俺様は....。
腰痛に蝕まれながら出社すべく一歩踏み出した時、車の窓から顔を出した詠斗に手招きされて渋々向かうと、頭を掴まれて通勤ラッシュの公衆面前での羞恥的なキス。
「―――でも、相手の男ってもしかしてヤバい奴じゃないよな?」
ちらりと部長が視線を向けたのは、車の方向。
「ナンバーが【893】って、ヤクザだったりしてなっ!!」
ハハハっと笑った部長は、私の肩をこれでもか!と叩いてきた。痛ぇわボケ。
平和ボケしてるとは思っていたけれど、実際には本物の馬鹿だと思う。
そうですよ、その通りなんですよ....あの車は、物本のヤクザの所有物ですよ。
詠斗の事だから、てっきり【8888】とか電話番号と御揃いにするんだろうなと侮っていた。
主張が激しすぎ!!漫画でしか見たこと無いよ、ヤクザの車のナンバーが【893】って....。
因みにだけど、私にキスしてきた相手は、誰もが一度は耳にしたことがある暴力団の若頭だなんて....口が裂けても言えない。
そんなヤバい男は私の護衛の為にと、お屋敷に住まわせる事に決定したのだ。
でも流石に着替えとかは必要なので取りに行きたいと、言えば....
「アパート引き払って、越してくればいいじゃないか。」
なーんて、簡単に物事を運ぼうとするのだ。
「嫌よ、こんな物騒な家。」
短期間だけ....様子を見て逃げ出せばいいのだ。
まだ間に合う。もしかしたら、狙われているかも。という可能性だけの話かもしれないし、私が離れれば、詠斗とは無関係の人に戻れるわけだ。
きっと上手くいく。今ならまだ以前の生活に戻れる.....。