童貞を奪った責任
真っ白な室内は、誰が何と言おうとも病室以外にない。
腕に突き刺さるのは、ポツポツと水滴が滴り落ちる点滴。室内は自然光によって明るく、ぼーっとする頭で室内を見渡していた。
貧血で倒れたら、病院のベッドで目が覚めた。随分とご無沙汰だけれど、嫌な記憶を呼び覚ます場所―――――
ベッドの淵に俯せて、吐息を立てる人物は意外な人物であった。
日の光りを浴びたその髪の毛は、白熱電球の時とは打って違い、キラキラと優しく輝く。
「七海さん....。」
腰を上げながら、その人物に声を掛ければ、気怠そうに起き上がる。
「杏ちゃんおはよう。」
「おはようございます。私....」
てっきり詠斗が居るものだと思えば、兄の方が居るだなんて、予想外だった。
「詠斗は会社の方が立て込んでて、代わりに俺が来たんだけど....体調大丈夫?倒れた時に身体打ったでしょう。痛くない?」
本来ならば、私は今就業時間真っ只中であろう。
七海さんの口から、会社というワードが出ると、昼間の詠斗がいち会社の社長だという事を思い出させた。
普段私が仕事中にも、彼は一応自分の仕事を熟しているんだな。
「恐らく何ともないです。本当ご心配をお掛けしました。」
「ううん。いいんだよ....今朝天竜が居合わせなかったら、冷たい床にずっと放置だったかもね。」
確かに、と言われてみれば、割烹着姿の天竜さんと鉢合わせて、話していたら意識が遠退いた。
冬の時期で、下手したらもっと大事に至ってたかもしれない。
私が倒れて、見舞いに来れない詠斗が、心底毛嫌いしているであろう七海さんを代わりに寄越すと言う事は、少なからずは信用していると言う事か。
自分の女....の恋敵を側に置く事がどれだけ苦痛を伴うのか....。
あの男ならば、きっと不本意ながら、大きく舌打ちを落して渋々と許可したのだろう。
「一応、杏ちゃんの事情は組の奴からは聞いてる。この病院は他の組の奴が乗り込んでくる事は無いと思うから安心してね。」
「はぁー。」
別にどうでもいいんだが。実際、詠斗に護られている間、人攫いの危機感なんか直ぐに失くしてしまうくらいに何も起こらず拍子抜けしていたところだ。