童貞を奪った責任
久々に会社と屋敷以外の場所に来たと思えば、それは苦手な病院で....
私が目覚めるまで寄り添ってくれたのは、弟が溺愛する女を口説きまくる馬鹿な兄。
「どう惚れちゃった?ハチじゃなくて俺が居て、キュンっ!とか思っちゃった?」
「別に一人でも大丈夫だったので、七海さんが居ようが居まいが全く何も感じないですね。」
アホを相手にすると疲れる。調子に乗らせたら最後だ。
冷たく言い放てば、一瞬傷ついた様にショックだったのか、ベッドに項垂れた七海さんだったが、直ぐに立ち直った様子で、いつも通りのヘラヘラ笑顔でやり過ごす。
正直に言えば、この場所で一人きりになったら、きっと寂しさと絶望感で泣いてしまっていたかもしれない。
最近は、賑やかな生活を送っていて、それがウザったくて一人の時間が欲しいとさえ思っていたが、実際今更一人になったら辛いと思うんだ。
「....居てくれて、有難うございます。」
飴と鞭は使い様とは言うけれど、このタイミングでお礼は伝えておかないと気が済まなかった。
小さくて、恥ずかしながらも吐き出した言葉は、地獄耳の如く七海さんに拾い上げられて....
「ぅああ。今心臓が、ギュっ握られたみたいな感覚になった!!これって絶対にアレだよね、恋!!俺絶対に詠斗より杏ちゃんの事幸せに出来る自身あるんだけどな~。」
べらべらと並べる御託に、はいはいと適当に受け流して相槌を打つ。
残念ながら、詠斗に幸せにしてもらうつもりも無いし、七海さんに掻っ攫われるつもりも無い。
出来る事ならば、このまま詠斗が居ない隙に、何処かへ逃げてしまおうか。なんて考えが過るのだ。
彼の目が無い今、四六時中引っ付いて逃げるタイミングを窺っていたのだ。
「起きた事ですし、帰りたいんですけど....。」
「杏ちゃんの体調が大丈夫なら。」
車で送ってくれると言った七海さんのお言葉に甘えて、二人で病院から出た。
昼間の所為なのか、屋敷に到着したら、人が出払っていて、静かな屋敷内の余韻に浸る。
――――思い立ったが吉日。
「ごめん、杏ちゃん。俺ちょっと用事が入ってて行かなきゃならないんだ。」
「大丈夫ですよ。今日は有難うございました。」
無事に送り届けてくれた七海さんは、車に乗り込むと颯爽と走らせ帰ってしまった。
―――――「さてと.....。」
少ない荷物を纏めて、形跡を残さない様に、私という存在を最初から無かった様に.....。
その日、私は屋敷から逃げ出した。