童貞を奪った責任
タイミングが良かったと言えば、その通りなのだ。
詠斗の元から逃げたその日、会社に連絡を入れて有給を頂くこととなった。期間は年明けまでを跨ぐ。
あの男の事だから、私の家や会社まで隈なく、血の物狂いで捜しにくるだろう。
そこで逃げ着いた先は実家だった。
冬景色が儚げな、雪が降り積もった田舎町。電車は一時間に一本あるのみの過疎化した場所だ。
慌てて用意したキャリーバッグには、数日分の着替えが入っていて、連絡を入れたのはほんの数時間前の事だ。
電車に揺られて辿り着いた地元の駅舎は、相変わらず寂れていて、自分が持っている洋服の中で最大限の厚着で来たが、凍える様な寒さは心身ともに凍り付かせる。
駅舎から出ると、人が疎らなバスロータリーで、冷たくなった手に息を吹きかけながら迎えを待つ。暫くして現れた軽トラに懐かしさを感じた。
「ただいま。」
そう不器用ながらも笑いかけた相手は、ここ数年間の間にだいぶ老け込んでしまった父親だった。
雪が積もった荷台のカバーを外して、キャリーバッグを積み込むと、久しぶりに乗り込む直角座席の手狭な軽自動車。
手慣れたようにマニュアルトランスミッションを操作をして、パワフルに走らせるお父さんは、無愛想で会話なんか無くったって居心地が良い。
三十分かそこら、真っ暗闇に包まれた雪道を走行して辿り着いた実家は、相変わらずボロくて....自分が都会で独り暮らししているアパートも同じくらいか、と笑った。
ここは生まれてから、高校を卒業するまで育った家。
玄関を開ければ、暖気が私の冷えた身体へと流れ込み、ふわっと漂う母親の料理の匂いに気持ちが安らいだ。