童貞を奪った責任
「おかえりなさい、もうすぐ夕飯の支度が終わるから、手洗いなさいよ。」
玄関前で惚けて突っ立っていたら、キッチンの方から顔を出したエプロン姿のお母さん。
久々に愛娘が帰ってきたと言うのに、感動の再会とかそんなシチュエーションなどはこの母親には無いだろう。
「はーい。」
廊下に荷物を降ろして、洗面台の前に立った時、その時初めて私は目が充血している事に気が付いた。
如何せん、感傷に浸ってたのか、泣いた覚えは無いけれど、今にも泣きだしてしまいそうな危うい状態である。
マフラーを外して、上着を脱げば、露わとなる無数の痕は、嫌でも詠斗を思い出させる。
結局最後に見た詠斗の姿は、いつも通りの綺麗な寝顔であった。
私が行方を眩ませて、どうなってるのか....考えただけで恐ろしい。
きっと皆に当たり散らして、あの手この手で血眼なこになって探し回ってるのかな。なんて、想像がつく。
だから私は、この場所に来たのだ。
実際問題、あの男は私の身元を調べ上げているだろうから、ここまでやって来るのも時間の問題だろうけど....。
今は生憎の悪天候。雪が降り積もるこの街に辿り着くのは、都会人じゃ難しいと思うのだ。
もしも辿り着けたとしても、私は居留守をかますし、最悪の場合は、お父さんに畑で使っている鎌とかで追い払ってもらえばいい。
『うちの娘はやらん!!』なんて頑固おやじの台詞でトドメを刺してくれれば最高なのに.....。