王太子と婚約した私は『ため息』を一つ吐く~聖女としての『偽りの記憶』を植え付けられたので、婚約破棄させていただきますわ~
 これを飲めば元の世界に戻ることができる。
 もう一度ユリウス様に視線を移して一つ頷いたあと、私はそれを一気に飲み干した──




 ──何も感じなかった。
 痛みも苦しみもなく、目を開けたその時にはユリウス様は目の前にいなくて、私は一人で外に立っていた。

 手には卒業証書が抱えられていて、右肩には三年間共に過ごした学生バッグの重みを感じる。
 自分の胸元に目を移すと、赤いリボンが結ばれていて、その下に視線を移すとグレーの短いスカートがあった。

 風が少しだけ強めで、私の髪をさらっていく。
 ああ、あの日、あの場所に戻ってきたのだと、理解して涙が頬を伝う。

 周りから見れば卒業に浸っている学生に見えるだろう。
 数年ぶりのように思えるこの景色と空気は私を一気にあの日へ戻した。

 そうして私は振り返って駆けだした──


 神社を超えて住宅街を抜けた先にある河川敷。
 よくここで自転車で遊んだな……。
 そんな風に少しだけ思いながら、急いで家に戻る。

「はあ……はあ……」

 息は切れているけれど、それでもやっぱりこの学生靴は走りやすい。
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