曖昧な関係のまま生涯告白などすることのない恋心
冴子

 新緑の眩しい季節に夫の父親が突然亡くなった。まだ六十五歳だった。

 夜中に聞いたこともない大きないびきを急に掻き始め揺り起こしても何の反応もなく緊急事態だと救急車を呼び総合病院に運んだけれども、そのまま目を覚ますこともなく、午後、息を引き取った。脳卒中だったそうだ。

 病院には義母、両親と同居している義兄と
夜中に電話で呼び出された夫の亮輔が付き添っていた。

 夕方、義兄と夫と共に義父が戻って来た。
先に帰って義父の布団を用意していた義母が迎えた。
 もちろん私も部屋の片付けなどを手伝いに来ていた。

 

 昨日まで、あんなに元気だった義父。
買い物の帰りに義父の好きな桃を買って持って行った。

「冴子さん、ありがとう。気を付けて」
それが義父の最後に聞いた言葉だった。




 葬儀屋さんとの打ち合わせも何とか済み
明晩が通夜、明後日が告別式と決まった。

 義兄が少し離れた親戚に連絡を入れて今夜は身近な者だけで義父の傍に居るつもりだったのだろう。


 義兄と兄嫁には高校生の娘が一人。

 私たち夫婦にも小学生の女の子が二人と幼稚園に通う男の子が一人。

 大好きだったおじいちゃんの死を子供たちは子供たちなりに、それぞれ受け止めていたようだった。

 近所の義父と仲の良い友人たちが来てくれていた。
 あまりに突然の死に誰もが驚いていた。
「手伝うことがあったら何でも言って」と帰って行かれた。





 夜九時を過ぎ弔問客もいなくなった。

 その時、静かに玄関から黒いスーツに身を包んだ女性が入って来た。

 彼女が綾さん。私にはすぐに分かった。
 一度も会ったことのない主人の従妹。

 綺麗な人だと聞いてはいたけれど、想像以上だった。
 少し小柄で華奢な上品な雰囲気が辺りに漂うほどの美人だった。

 独身で仕事を持って都会で一人暮らしをしていると聞いていた。
細いのは当たり前だろう。子供を産んだ経験もないのだから……。




 三人の子供を産み一人産むごとに5kg増えていき、独身の時よりも15kgも太った私には羨ましいような体型だった。

 ただのヤッカミだと分かっていたけれども……。




 彼女は義兄のところへ行き挨拶をしたようだった。

「綾ちゃん、遠くからありがとう」
義兄の声が聞こえた。


 彼女は布団に寝かされた義父のとなりに寄り添うように座ったままの義母に

「伯母さん……」
とそっと掛けた声まで美しかった。

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