曖昧な関係のまま生涯告白などすることのない恋心
冴子の気持ち
「冴子さん」義兄がキッチンまで来て言った。
「踏み切り事故で電車が不通らしい。亮輔は綾ちゃんを家まで送って行くそうだから。冴子さんは子供たちと家に帰ってゆっくり休ませてあげて。亮輔は今夜はここに居てくれるそうだから。悪いね。明日も明後日も冴子さんには面倒掛けるけど」
「あっ、いいえ。そんなこと当然のことですから。じゃあ、そうさせてもらいます。明日は何時に来ればいいでしょうか?」
「そうだな、十時くらいでいいよ」
「分かりました。じゃあ失礼します」
子供たちを連れて、車で十分も走れば家に着く。
喪服の用意をしなければ。子供たちには何を着せようか。
そんなことを考えながら……。
余計なことを考えなくてもいいように。
家に帰って子供たちとお風呂に入って、三人とも慣れない事態に緊張もしていたのかベッドに入って、すぐに眠ってしまった。
亮輔さんと私の礼服をクローゼットから出してクリーニングのタグを外して、シミやほつれなどないか確かめた。
礼装用の靴やネックレス、ハンカチ、バッグなどを準備した。
子供たちにも、それぞれ黒のカットソーやスカート、シャツとズボンをきっと汚すから二日分を揃えた。
お香典の熨斗袋に亮輔さんの名前を書く。
金額は、明日、亮輔さんに相談して決めよう。
亮輔さんは今夜は実家。もう眠ろう。私は一人でお布団に入った。
今頃どこを走っているのだろう。助手席に綾さんを乗せて……。
子供の頃の思い出話でもしているのだろうか?
従兄妹同士なんだから……。亮輔さんの従妹……。
ストレートの長い黒髪を思い出して……。
本当に綺麗な人だった。
女優志望で劇団に所属していたと聞いた。
あれだけ綺麗なら納得出来る。どうして女優になれなかったのか不思議なくらいに。
いっそのこと有名な女優さんになっていてくれたら……。
忙しくて伯父の葬儀にも顔を出せないくらいに……。
あの綾さんと車という狭い空間に、二人だけで居るという事実。
胸がザワツク……。
さっき綾さんにお茶を出した時、彼女からとても良い香りがした。
なんて香水だろう。やわらかな微笑みにとても良く似合っていた。
何をどう思い出しても同じ女性としてレベルが違い過ぎる……。
もう眠らなければ……。そう思えば思うほど眠れない……。