星まかせの恋
うお座女子の特徴その1 平和主義で争いを好まない
ここは魚介類が売りの大手チェーンの居酒屋。
畳に細長いテーブルが置かれ、刺身の船盛やらポテトフライやらアボカドサラダなどのつまみが所狭しと並べられている。
長机の向こう側には3人の男性が座っている。
3人ともスーツにネクタイといういかにも会社帰りという姿で、さきほど聞いた自己紹介によると、3人の関係性は大手不動産会社に勤める同期だという。
左端に座る原色のネクタイを締め、個性的な赤い眼鏡をかけた男性は山崎智樹。
本日の合コンの幹事で、この場の仕切り役だ。
彼の一声で乾杯の音頭が取られ、自己紹介タイムとなり、その後の歓談が始まった。
真ん中に座るくっきり二重目蓋で浅黒い肌の、少しアジア系な顔をしている男性は今井明人。
さっきからずっと、学生の頃から続けているテニスの腕前について、前のめりになって女子達に熱く語っている。
そして右端に座っている私の目の前の男性は、藤代柊。
席に着いた途端に胡坐をかき、その細いネクタイを緩め、私達女子の顔をざっと一瞥した後にフッと冷笑し、まったく興味ないという顔をした。
こういう輩に限って、イケメンなのだから始末に負えない。
長い前髪から覗く瞳は野犬のように鋭く、ワイシャツの下の厚い胸筋が男っぽさを強調していて、それが魅惑的に見えないこともない。
彼はこの合コンが始まってから一言も言葉を発せず、ただ黙々と目の前の料理に箸をつけ、その合間にビールをグイッと煽っている。
女子に声を掛けないどころか、目も合わさない。
見るからにやる気のなさを体全体から発しているこの男は、きっと人数合わせのために呼ばれたに違いない。
しかし配置的に目の前に座る私が、この男に声をかけるのが一般的な女子の振る舞いと言えるのだろう。
でも、ものすごく話しかけづらい。
声を掛けるなオーラが空気中にピリピリと漂っている。
きっと早く帰りたいのだろう。
もしかして家で彼女が夜食を作って待っているのかもしれない。
しかし仮にも合コンに参加しているのだから、この場ではそれなりの振る舞いをして欲しいものだ。
そんな事を考えながらマグロの赤身に醤油をつけていると、隣に座る家田加奈子がナイスタイミングで声をかけてくれた。
「藤代さん。この子、星占いに詳しいんですよ!ねえねえ、私と藤代さんの相性を占ってよ。」
私の肩に手を置きそう言うと、加奈子は強引に藤代さんを会話の輪に入れようとした。
仲間内でもイケメン好きで有名な加奈子だから、きっと藤代さんを狙っているのだろう。
「ええと、加奈子はしし座だよね。藤代さんは何座ですか?」
私は藤代さんの機嫌を損ねないように、努めてにこやかに声を掛けた。
そんな私の気遣いを無視するように、藤代さんは大きなため息をついたあと、仕方なさそうに私の問いに答えた。
「いて座。ちなみに血液型はB型・・・これでいい?」
そう投げやりに言ったあと、焼き鳥を口の中へ入れ、串を引き抜いた。
・・・なんて感じ悪い男なのかしら。
「はい。わかりました。」
私は無理やり唇を引き上げ、言葉を続けた。
「しし座といて座はともに火の星座同士だから、相性は抜群です。火の星座は明るく、情熱的で行動的。だからきっと気が合うでしょう。ちなみに加奈子はO型だよね。B型男子とO型女子の相性もいいんです。楽天的でマイペース気質、そして束縛を嫌うところが一緒なんです。よかったわね。加奈子。」
「へえ。そうなんだ!じゃ、藤代さん、私と仲良くしましょ。」
そう加奈子が首を傾げると、藤代さんが眉をひそめてこう言い放った。
「ふん。くだらない。」
「え?」
私が目を丸くしていると、藤代さんはビールをグイッと一口飲んだあと、こう続けた。
「星占いなんて俺は一切信じない。人間には目や耳や口という感覚器官がある。それらと脳や心をフルに使ってこそ、相手との相性が分かるってものなんじゃないの?名前も知らないどこかの誰かが作った星の相性なんてものより、俺は自分の直感を信じたいね。」
「・・・・・・。」
私と加奈子は無言で顔を見合わせた。
一瞬にしてその場の空気が白け、私はとりなすように引きつった笑顔を顔に張り付けた。
「まあ・・・色んな考え方がありますよね。信じるも信じないもアナタ次第・・・ですし?」
そこで星座占いの話は終るかと思いきや、その話題を続けたのは占いに否定的な藤代さん本人だった。
藤代さんはおしぼりを弄びながら、私を指さした。
「星占いに詳しいってことは、あんたは信じてるってわけだ。星占いとやらの相性を。」
「もちろんです。」
私はそう言ってゆっくりと大きく頷いた。
「私は星占いの相性を信じています。だって星占いってロマンチックじゃないですか。遠く輝く星達が私達の運命を導いてくれるんですよ?それにたかが占いって言いますけど、大企業の社長さんや政治家さんってお抱えの占い師を持ってる人も多いんです。」
そう、私は無類の星占いフリークだ。
朝の情報番組の占いコーナーは欠かさずチェックするし、雑誌の最後のページにある星占いも穴が開くほど読み込むし、星占い専門の本も家には沢山ある。
今朝の「おめざめテレビ」での星占いでは、「うお座のあなたは運命的な出会いがある」って女性アナウンサーが言ってたし、恋愛運も星5つだったから期待を胸に挑んだ今日の合コンなのだけれど、どうやら今回は当たりそうもない。
「で?あんたとの相性は?」
藤代さんは私の顔を、その鋭い目つきで睨み、右の口角を上げた。
「はい?なんでしょう。」
「だから、俺とあんたの相性を聞いているんだけど。」
「藤代さんは今さっき、星占いなんて信じないと豪語されてませんでしたっけ?」
「でもあんたは信じてるんだろ?じゃあ、参考までに教えてくれよ。」
教えて欲しいと言われれば、答えるのが礼儀というものだろう。
私は背筋を伸ばすと、ひとつ咳払いをした。
「私はうお座のA型です。水の星座であるうお座の私と、火の星座であるいて座のアナタとの相性は、ハッキリ言って悪いです。いて座のアクティブさに何事にも控えめなうお座は付いていけないのです。ちなみにB型男子とA型女子の相性も良くありません。B型男子は自由で型にはまらないのに対し、A型女子はルールを守ることをモットーにしているので、お互いイライラしてしまうのです。つまり藤代さん、アナタと私の相性は最悪、ということになります。」
すると藤代さんは一瞬真顔になったあと、プッと吹き出し、その後声を出して大笑いをした。
皮肉にもそれは藤代さんの、その日一番の笑顔だった。
「あーはははっ!」
「何が可笑しいのですか?」
「いや、こんなにもはっきりと合コン相手の女の子に相性が最悪だと宣言されるなんて、思ってもみなかったからさ。」
「私はただ、正直に星のお告げを伝えたまでですけど・・・お気を悪くしたならすみません。」
自分が悪いなどとは一ミリも思ってはいなかったけれど、いつもの癖で自分から頭を下げた。
「いや、謝って欲しいわけじゃない。あんた、名前、なんていうの?」
この男は、合コン相手の自己紹介もちゃんと聞いていなかったらしい。
私は、にっこりと微笑みながら、こう答えた。
「私の名前なんて覚えて頂かなくても大丈夫ですよ?星の巡り合わせが悪いアナタと私はもう二度と会う事もないと思いますし。」
「そう決めつけるのはまだ早いと思うけどな。」
「・・・・・・。」
「苗字はちゃんと覚えてるよ。永尾さんだろ?俺はファーストネームを聞いてるの。」
「千鶴ですけど。」
「綺麗な名前だな。あんたに似合ってる。」
「それはどうもありがとうございます。」
さっきまで何の興味もないような素振りをしていたくせに、今度は褒め殺し?
この男、一体何を考えているのだろう。
「はーい。楽しんでる?」
赤い眼鏡の山崎さんが片手にビール瓶を持ちながら、藤代さんの肩をガシッと抱いた。
「こいつ、愛想悪いでしょ?でも引かないであげてね。ただシャイで人見知りなだけだから。」
「うるせえな。黙れ。」
「あれあれ?その様子だと柊君、いつも通り女子と話が嚙み合ってないカンジ?じゃあ柊君の秘密教えちゃうね。柊君って、シ」
「だから黙れって!」
藤代さんが山崎さんの口を塞いだので、もごもごとした声しか聞き取れず、何を言っているのかわからなかった。
「死?!」
私と加奈子は再度、顔を見合わせた。
畳に細長いテーブルが置かれ、刺身の船盛やらポテトフライやらアボカドサラダなどのつまみが所狭しと並べられている。
長机の向こう側には3人の男性が座っている。
3人ともスーツにネクタイといういかにも会社帰りという姿で、さきほど聞いた自己紹介によると、3人の関係性は大手不動産会社に勤める同期だという。
左端に座る原色のネクタイを締め、個性的な赤い眼鏡をかけた男性は山崎智樹。
本日の合コンの幹事で、この場の仕切り役だ。
彼の一声で乾杯の音頭が取られ、自己紹介タイムとなり、その後の歓談が始まった。
真ん中に座るくっきり二重目蓋で浅黒い肌の、少しアジア系な顔をしている男性は今井明人。
さっきからずっと、学生の頃から続けているテニスの腕前について、前のめりになって女子達に熱く語っている。
そして右端に座っている私の目の前の男性は、藤代柊。
席に着いた途端に胡坐をかき、その細いネクタイを緩め、私達女子の顔をざっと一瞥した後にフッと冷笑し、まったく興味ないという顔をした。
こういう輩に限って、イケメンなのだから始末に負えない。
長い前髪から覗く瞳は野犬のように鋭く、ワイシャツの下の厚い胸筋が男っぽさを強調していて、それが魅惑的に見えないこともない。
彼はこの合コンが始まってから一言も言葉を発せず、ただ黙々と目の前の料理に箸をつけ、その合間にビールをグイッと煽っている。
女子に声を掛けないどころか、目も合わさない。
見るからにやる気のなさを体全体から発しているこの男は、きっと人数合わせのために呼ばれたに違いない。
しかし配置的に目の前に座る私が、この男に声をかけるのが一般的な女子の振る舞いと言えるのだろう。
でも、ものすごく話しかけづらい。
声を掛けるなオーラが空気中にピリピリと漂っている。
きっと早く帰りたいのだろう。
もしかして家で彼女が夜食を作って待っているのかもしれない。
しかし仮にも合コンに参加しているのだから、この場ではそれなりの振る舞いをして欲しいものだ。
そんな事を考えながらマグロの赤身に醤油をつけていると、隣に座る家田加奈子がナイスタイミングで声をかけてくれた。
「藤代さん。この子、星占いに詳しいんですよ!ねえねえ、私と藤代さんの相性を占ってよ。」
私の肩に手を置きそう言うと、加奈子は強引に藤代さんを会話の輪に入れようとした。
仲間内でもイケメン好きで有名な加奈子だから、きっと藤代さんを狙っているのだろう。
「ええと、加奈子はしし座だよね。藤代さんは何座ですか?」
私は藤代さんの機嫌を損ねないように、努めてにこやかに声を掛けた。
そんな私の気遣いを無視するように、藤代さんは大きなため息をついたあと、仕方なさそうに私の問いに答えた。
「いて座。ちなみに血液型はB型・・・これでいい?」
そう投げやりに言ったあと、焼き鳥を口の中へ入れ、串を引き抜いた。
・・・なんて感じ悪い男なのかしら。
「はい。わかりました。」
私は無理やり唇を引き上げ、言葉を続けた。
「しし座といて座はともに火の星座同士だから、相性は抜群です。火の星座は明るく、情熱的で行動的。だからきっと気が合うでしょう。ちなみに加奈子はO型だよね。B型男子とO型女子の相性もいいんです。楽天的でマイペース気質、そして束縛を嫌うところが一緒なんです。よかったわね。加奈子。」
「へえ。そうなんだ!じゃ、藤代さん、私と仲良くしましょ。」
そう加奈子が首を傾げると、藤代さんが眉をひそめてこう言い放った。
「ふん。くだらない。」
「え?」
私が目を丸くしていると、藤代さんはビールをグイッと一口飲んだあと、こう続けた。
「星占いなんて俺は一切信じない。人間には目や耳や口という感覚器官がある。それらと脳や心をフルに使ってこそ、相手との相性が分かるってものなんじゃないの?名前も知らないどこかの誰かが作った星の相性なんてものより、俺は自分の直感を信じたいね。」
「・・・・・・。」
私と加奈子は無言で顔を見合わせた。
一瞬にしてその場の空気が白け、私はとりなすように引きつった笑顔を顔に張り付けた。
「まあ・・・色んな考え方がありますよね。信じるも信じないもアナタ次第・・・ですし?」
そこで星座占いの話は終るかと思いきや、その話題を続けたのは占いに否定的な藤代さん本人だった。
藤代さんはおしぼりを弄びながら、私を指さした。
「星占いに詳しいってことは、あんたは信じてるってわけだ。星占いとやらの相性を。」
「もちろんです。」
私はそう言ってゆっくりと大きく頷いた。
「私は星占いの相性を信じています。だって星占いってロマンチックじゃないですか。遠く輝く星達が私達の運命を導いてくれるんですよ?それにたかが占いって言いますけど、大企業の社長さんや政治家さんってお抱えの占い師を持ってる人も多いんです。」
そう、私は無類の星占いフリークだ。
朝の情報番組の占いコーナーは欠かさずチェックするし、雑誌の最後のページにある星占いも穴が開くほど読み込むし、星占い専門の本も家には沢山ある。
今朝の「おめざめテレビ」での星占いでは、「うお座のあなたは運命的な出会いがある」って女性アナウンサーが言ってたし、恋愛運も星5つだったから期待を胸に挑んだ今日の合コンなのだけれど、どうやら今回は当たりそうもない。
「で?あんたとの相性は?」
藤代さんは私の顔を、その鋭い目つきで睨み、右の口角を上げた。
「はい?なんでしょう。」
「だから、俺とあんたの相性を聞いているんだけど。」
「藤代さんは今さっき、星占いなんて信じないと豪語されてませんでしたっけ?」
「でもあんたは信じてるんだろ?じゃあ、参考までに教えてくれよ。」
教えて欲しいと言われれば、答えるのが礼儀というものだろう。
私は背筋を伸ばすと、ひとつ咳払いをした。
「私はうお座のA型です。水の星座であるうお座の私と、火の星座であるいて座のアナタとの相性は、ハッキリ言って悪いです。いて座のアクティブさに何事にも控えめなうお座は付いていけないのです。ちなみにB型男子とA型女子の相性も良くありません。B型男子は自由で型にはまらないのに対し、A型女子はルールを守ることをモットーにしているので、お互いイライラしてしまうのです。つまり藤代さん、アナタと私の相性は最悪、ということになります。」
すると藤代さんは一瞬真顔になったあと、プッと吹き出し、その後声を出して大笑いをした。
皮肉にもそれは藤代さんの、その日一番の笑顔だった。
「あーはははっ!」
「何が可笑しいのですか?」
「いや、こんなにもはっきりと合コン相手の女の子に相性が最悪だと宣言されるなんて、思ってもみなかったからさ。」
「私はただ、正直に星のお告げを伝えたまでですけど・・・お気を悪くしたならすみません。」
自分が悪いなどとは一ミリも思ってはいなかったけれど、いつもの癖で自分から頭を下げた。
「いや、謝って欲しいわけじゃない。あんた、名前、なんていうの?」
この男は、合コン相手の自己紹介もちゃんと聞いていなかったらしい。
私は、にっこりと微笑みながら、こう答えた。
「私の名前なんて覚えて頂かなくても大丈夫ですよ?星の巡り合わせが悪いアナタと私はもう二度と会う事もないと思いますし。」
「そう決めつけるのはまだ早いと思うけどな。」
「・・・・・・。」
「苗字はちゃんと覚えてるよ。永尾さんだろ?俺はファーストネームを聞いてるの。」
「千鶴ですけど。」
「綺麗な名前だな。あんたに似合ってる。」
「それはどうもありがとうございます。」
さっきまで何の興味もないような素振りをしていたくせに、今度は褒め殺し?
この男、一体何を考えているのだろう。
「はーい。楽しんでる?」
赤い眼鏡の山崎さんが片手にビール瓶を持ちながら、藤代さんの肩をガシッと抱いた。
「こいつ、愛想悪いでしょ?でも引かないであげてね。ただシャイで人見知りなだけだから。」
「うるせえな。黙れ。」
「あれあれ?その様子だと柊君、いつも通り女子と話が嚙み合ってないカンジ?じゃあ柊君の秘密教えちゃうね。柊君って、シ」
「だから黙れって!」
藤代さんが山崎さんの口を塞いだので、もごもごとした声しか聞き取れず、何を言っているのかわからなかった。
「死?!」
私と加奈子は再度、顔を見合わせた。
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