星まかせの恋
うお座女子の特徴その2 人の世話をするのが好き
「加奈子、大丈夫?全部出しちゃいなさい!」
海鮮居酒屋の女子トイレの便器に顔を突っ込んで苦しむ加奈子の背中をさすりながら、私はそう声をかけ続けた。
「ウエップ・・・飲み過ぎた~。」
「どうしてそんなになるまで飲んだのよ。」
加奈子は決して酒乱ではない。
いつもはちゃんと自分の飲める酒量をわきまえているのに。
「だってさ~この前の合コンで狙っていた男にフラれたばかりなんだもん。今日だって藤代さん、全然釣れないしさ。もう飲んで憂さを晴らすしかないでしょ。」
あの後、加奈子は藤代柊の隣に席を移動してずっと話しかけていたけれど、どうやら成果は思わしくなかったらしい。
「余計なお節介だとは思うけど、藤代さんはやめといた方がいいと思うわ。態度は横柄だし、偏屈だし。きっと女を馬鹿にしているのよ。」
「うーん。でもあのルックスの良さは、諦めるには勿体ないんだよね。」
静かにトイレのドアが開き、山城麗華が顔を覗かせた。
麗華は今日の合コンのもう一人の女性参加者で、私や加奈子と同じ高校の同級生だ。
「加奈子、大丈夫?千鶴、私、終電逃すと家に帰れないから、悪いけど先に帰るね。加奈子のことよろしく!あと男性陣も先に帰るって。」
「了解。今日はお疲れ様。気を付けて帰ってね。」
「千鶴は終電大丈夫?」
「うん。今日は加奈子を家に送らなきゃならないからタクシーで帰る。」
私は心配そうな顔を見せる麗華に、小さく手を振ってみせた。
しばらくすると加奈子の容態が落ち着いたので、よろよろと歩く加奈子に肩を貸しながら、私達はやっとトイレの個室から出た。
居酒屋の扉を開け外に出ると、11月も終わりに近い夜の風はもう冷たく、ほろ酔い気分だった私もすぐさま正気に戻った。
「おい。大丈夫か?」
私に声を掛けてきたのは、思いがけない人物だった。
「え?藤代さん、帰ったんじゃ・・・?」
「前後不覚な酔っ払いを置いて、帰れるわけねえだろ。」
藤代柊は煙草を吸いながら店の壁にもたれかかっていた。
「さっきは態度悪くてすまなかったな。コレの禁断症状が出ちまってさ。」
そう言って藤代さんは、美味しそうに煙草の煙を吐き出した。
「ちょっと待ってろ。今、タクシー呼んでやるから。」
「・・・ありがとうございます。」
こんな冷たい風が吹く中、見捨てずに待っててくれたのね。
案外、いいとこもあるじゃない。
私は藤代柊を少しだけ見直した。
藤代さんはスマホのアプリを操作してタクシーを呼ぶと、「重いだろ?」と私に声をかけ、加奈子のもう片方の腕を自分の肩へ回した。
・・・なるほど、そういうことか。
冷たい素振りをしても、本当は加奈子が気になっていたのね。
だったら最初から加奈子に優しくしてあげれば、加奈子だってこんなに酔いはしなかったはずなのに。
しばらくすると私達が立つ道路わきにタクシーが到着した。
「じゃあ藤代さん。加奈子のこと、よろしくお願いします。」
私は加奈子をタクシーの後部座席の奥に押し込むと、藤代さんに頭を下げた。
「は?なんで俺がこの酔っ払いを送ることになってんの?」
「だって・・・そういうつもりだったんじゃ」
「俺が送り狼になるってか?そんなに飢えてねえよ。いいから永尾さん、あんたも早く乗れ。明日も仕事だろ?」
そう言うと藤代さんは私をタクシーへ押し込み、万札1枚と名刺を私の手に握らせた。
「こんなに頂けません。タクシーの代金は自分で払いますので。」
私が突き返そうとするも、藤代さんは頑なにそれを拒否した。
「いいから取っておけって。それと名刺に俺のメアド書いてあるから。」
「わかりました。後日加奈子に渡しておきますね。」
すると藤代さんは憮然として私を睨んだ。
「だからどうしてそうなるんだ?それは永尾さんに渡す為に書いたんだよ。家に着いたら必ず俺にメールしてくれ。必ずな。」
「えっ?!あのっ、ちょっと!!」
私の叫び声も空しく、タクシーの扉がばたんと閉まり、ガラス窓の外の暗い夜の中に佇む、背の高い藤代さんのシルエットが小さく遠のいた。
途中、加奈子をマンションの部屋まで送り届けた後、再びタクシーに乗り、無事我が家へたどり着いた。
「千鶴、お帰り。遅かったねえ。」
寝巻に毛糸のカーデガンを羽織った母が、ダイニングテーブルでお茶を飲みながら私を出迎えてくれた。
「お母さん、まだ起きてたの?」
時計の針はもう12時を過ぎている。
「うん。お父さんがまだ帰ってこないからね。」
「どうせ飲んだくれてるんだから、ほっといて先に寝ていればいいのに。」
「まあねえ。」
そう言いつつも、母はいつも父が帰るまで眠らない。
今でも父と母は娘の私が羨ましくなるくらい仲が良くて、いつも幸せそうだ。
父はおうし座で母はやぎ座。
ともに地の星座である二人は、どちらも一途で誠実な性格だから相性抜群のカップル。
私が星占いを信じるのにもちゃんとした根拠があるのだ。
だって身近にこんなにも占いが当たっている実証例があるのだから。
私も星占いで相性抜群な誰かと結婚して、父と母のような夫婦になりたいと密かに願っている。
「終電には間に合ったの?」
母の問いに私は大きく首を振った。
「ううん。加奈子が泥酔いしちゃって、タクシーで送って帰って来たの。もう疲れちゃった。」
「合コンだったんでしょ?素敵な殿方とは出会えた?」
「駄目。成果なし。」
「まあ、千鶴はまだ24歳なんだから、焦らなくても大丈夫よ。いざとなればお見合いでもすればいいんだし。お風呂、沸いてるわよ。」
「うん。ありがと。」
母にそう返事したあと、自分の部屋に戻り、ピンク色のバーバリーのスカーフを首から外した。そして紺色のスーツをハンガーに掛け、パジャマに着替えた。
その時スーツのポケットに、藤代さんの名刺を入れておいたのを思い出した。
名刺を改めてよく見ると、大手不動産会社の社名と営業一課課長補佐という肩書がついた藤代柊という名前が印刷されていた。
29歳で課長補佐ということは、出世頭なのだろうか。
たしかに仕事は出来そうな男だった。
そして裏にはメアドらしき文字が横殴りの文字で書かれていた。
「1211 syu.fuji@・・・。ふーん。12月11日生まれね。やっぱりいて座・・・か。」
うお座の私と最も相性がいいのは同じ水の星座である、かに座とさそり座。
いて座の藤代さんは星占いの相性が最悪だから、悪い人ではなさそうだけど、正直あまり絡みたくない。
でも一応助けてもらったわけだし、無事帰ったという報告とお礼メールくらいはしておくのが、大人としての正しいマナーだろう。
藤代さんだって合コン相手が道に行き倒れでもしていたら寝覚めが悪いから、安否確認のメールを寄越せっていう意味で言ったんだろうし。
私はベッドに腰かけると、スマホに文字をポチポチと打った。
(今夜は大変お世話になりました。加奈子は無事部屋へ送り届けましたから安心してください。では、おやすみなさい。)
「これでよし、と。」
私はスマホを机の上に置き、下着を持って風呂場へ向かった。
夜も遅いからシャワーで済まし、部屋に戻ると藤代さんからメールが届いていたので開いてみた。
「ん?」
(タクシー拾えなくて、ネカフェで夜を明かす予定。可哀想な俺にモーニングコールしてくれないかな?)
「え?大変じゃない!」
私達のせいで、家に帰れなかったのね。
モーニングコールぐらい、お安い御用だわ。
それに、生まれながらの世話好き体質な私は、こういうお願い事に弱いのだ。
(了解です。何時にお電話すればいいですか?)
私がメールすると、藤代さんは待っていたかのように即レスしてきた。
(じゃあ6時半でよろしく頼む。電話番号は090・・・・・・・・)
翌朝、私は藤代さんに6時半きっかりに電話をした。
彼女でもないのにこんなことをするのはなんだか気恥ずかしいけれど、頼まれたことはきっちりと役目を果たさなければ。
7回目のコールで藤代さんは電話に出た。
『もしもし。おはようございます。私、永尾千鶴です。覚えてますか?』
『・・・ああ。おはよ。うん。もちろん覚えてるよ。』
眠たげな藤代さんの声が耳元から聞こえてくる。
『朝ですよ。もう6時半です。起きてくださいね。』
『サンキュ。永尾さんのお陰で遅刻せずに済みそうだ。』
『私達のせいでネットカフェに泊まる羽目になってしまって本当に申し訳ありませんでした。』
『・・・いや、それは気にしないでくれ。またメールする。じゃ。』
そう言うと藤代さんは電話を切った。
ん?
また、メールする??
海鮮居酒屋の女子トイレの便器に顔を突っ込んで苦しむ加奈子の背中をさすりながら、私はそう声をかけ続けた。
「ウエップ・・・飲み過ぎた~。」
「どうしてそんなになるまで飲んだのよ。」
加奈子は決して酒乱ではない。
いつもはちゃんと自分の飲める酒量をわきまえているのに。
「だってさ~この前の合コンで狙っていた男にフラれたばかりなんだもん。今日だって藤代さん、全然釣れないしさ。もう飲んで憂さを晴らすしかないでしょ。」
あの後、加奈子は藤代柊の隣に席を移動してずっと話しかけていたけれど、どうやら成果は思わしくなかったらしい。
「余計なお節介だとは思うけど、藤代さんはやめといた方がいいと思うわ。態度は横柄だし、偏屈だし。きっと女を馬鹿にしているのよ。」
「うーん。でもあのルックスの良さは、諦めるには勿体ないんだよね。」
静かにトイレのドアが開き、山城麗華が顔を覗かせた。
麗華は今日の合コンのもう一人の女性参加者で、私や加奈子と同じ高校の同級生だ。
「加奈子、大丈夫?千鶴、私、終電逃すと家に帰れないから、悪いけど先に帰るね。加奈子のことよろしく!あと男性陣も先に帰るって。」
「了解。今日はお疲れ様。気を付けて帰ってね。」
「千鶴は終電大丈夫?」
「うん。今日は加奈子を家に送らなきゃならないからタクシーで帰る。」
私は心配そうな顔を見せる麗華に、小さく手を振ってみせた。
しばらくすると加奈子の容態が落ち着いたので、よろよろと歩く加奈子に肩を貸しながら、私達はやっとトイレの個室から出た。
居酒屋の扉を開け外に出ると、11月も終わりに近い夜の風はもう冷たく、ほろ酔い気分だった私もすぐさま正気に戻った。
「おい。大丈夫か?」
私に声を掛けてきたのは、思いがけない人物だった。
「え?藤代さん、帰ったんじゃ・・・?」
「前後不覚な酔っ払いを置いて、帰れるわけねえだろ。」
藤代柊は煙草を吸いながら店の壁にもたれかかっていた。
「さっきは態度悪くてすまなかったな。コレの禁断症状が出ちまってさ。」
そう言って藤代さんは、美味しそうに煙草の煙を吐き出した。
「ちょっと待ってろ。今、タクシー呼んでやるから。」
「・・・ありがとうございます。」
こんな冷たい風が吹く中、見捨てずに待っててくれたのね。
案外、いいとこもあるじゃない。
私は藤代柊を少しだけ見直した。
藤代さんはスマホのアプリを操作してタクシーを呼ぶと、「重いだろ?」と私に声をかけ、加奈子のもう片方の腕を自分の肩へ回した。
・・・なるほど、そういうことか。
冷たい素振りをしても、本当は加奈子が気になっていたのね。
だったら最初から加奈子に優しくしてあげれば、加奈子だってこんなに酔いはしなかったはずなのに。
しばらくすると私達が立つ道路わきにタクシーが到着した。
「じゃあ藤代さん。加奈子のこと、よろしくお願いします。」
私は加奈子をタクシーの後部座席の奥に押し込むと、藤代さんに頭を下げた。
「は?なんで俺がこの酔っ払いを送ることになってんの?」
「だって・・・そういうつもりだったんじゃ」
「俺が送り狼になるってか?そんなに飢えてねえよ。いいから永尾さん、あんたも早く乗れ。明日も仕事だろ?」
そう言うと藤代さんは私をタクシーへ押し込み、万札1枚と名刺を私の手に握らせた。
「こんなに頂けません。タクシーの代金は自分で払いますので。」
私が突き返そうとするも、藤代さんは頑なにそれを拒否した。
「いいから取っておけって。それと名刺に俺のメアド書いてあるから。」
「わかりました。後日加奈子に渡しておきますね。」
すると藤代さんは憮然として私を睨んだ。
「だからどうしてそうなるんだ?それは永尾さんに渡す為に書いたんだよ。家に着いたら必ず俺にメールしてくれ。必ずな。」
「えっ?!あのっ、ちょっと!!」
私の叫び声も空しく、タクシーの扉がばたんと閉まり、ガラス窓の外の暗い夜の中に佇む、背の高い藤代さんのシルエットが小さく遠のいた。
途中、加奈子をマンションの部屋まで送り届けた後、再びタクシーに乗り、無事我が家へたどり着いた。
「千鶴、お帰り。遅かったねえ。」
寝巻に毛糸のカーデガンを羽織った母が、ダイニングテーブルでお茶を飲みながら私を出迎えてくれた。
「お母さん、まだ起きてたの?」
時計の針はもう12時を過ぎている。
「うん。お父さんがまだ帰ってこないからね。」
「どうせ飲んだくれてるんだから、ほっといて先に寝ていればいいのに。」
「まあねえ。」
そう言いつつも、母はいつも父が帰るまで眠らない。
今でも父と母は娘の私が羨ましくなるくらい仲が良くて、いつも幸せそうだ。
父はおうし座で母はやぎ座。
ともに地の星座である二人は、どちらも一途で誠実な性格だから相性抜群のカップル。
私が星占いを信じるのにもちゃんとした根拠があるのだ。
だって身近にこんなにも占いが当たっている実証例があるのだから。
私も星占いで相性抜群な誰かと結婚して、父と母のような夫婦になりたいと密かに願っている。
「終電には間に合ったの?」
母の問いに私は大きく首を振った。
「ううん。加奈子が泥酔いしちゃって、タクシーで送って帰って来たの。もう疲れちゃった。」
「合コンだったんでしょ?素敵な殿方とは出会えた?」
「駄目。成果なし。」
「まあ、千鶴はまだ24歳なんだから、焦らなくても大丈夫よ。いざとなればお見合いでもすればいいんだし。お風呂、沸いてるわよ。」
「うん。ありがと。」
母にそう返事したあと、自分の部屋に戻り、ピンク色のバーバリーのスカーフを首から外した。そして紺色のスーツをハンガーに掛け、パジャマに着替えた。
その時スーツのポケットに、藤代さんの名刺を入れておいたのを思い出した。
名刺を改めてよく見ると、大手不動産会社の社名と営業一課課長補佐という肩書がついた藤代柊という名前が印刷されていた。
29歳で課長補佐ということは、出世頭なのだろうか。
たしかに仕事は出来そうな男だった。
そして裏にはメアドらしき文字が横殴りの文字で書かれていた。
「1211 syu.fuji@・・・。ふーん。12月11日生まれね。やっぱりいて座・・・か。」
うお座の私と最も相性がいいのは同じ水の星座である、かに座とさそり座。
いて座の藤代さんは星占いの相性が最悪だから、悪い人ではなさそうだけど、正直あまり絡みたくない。
でも一応助けてもらったわけだし、無事帰ったという報告とお礼メールくらいはしておくのが、大人としての正しいマナーだろう。
藤代さんだって合コン相手が道に行き倒れでもしていたら寝覚めが悪いから、安否確認のメールを寄越せっていう意味で言ったんだろうし。
私はベッドに腰かけると、スマホに文字をポチポチと打った。
(今夜は大変お世話になりました。加奈子は無事部屋へ送り届けましたから安心してください。では、おやすみなさい。)
「これでよし、と。」
私はスマホを机の上に置き、下着を持って風呂場へ向かった。
夜も遅いからシャワーで済まし、部屋に戻ると藤代さんからメールが届いていたので開いてみた。
「ん?」
(タクシー拾えなくて、ネカフェで夜を明かす予定。可哀想な俺にモーニングコールしてくれないかな?)
「え?大変じゃない!」
私達のせいで、家に帰れなかったのね。
モーニングコールぐらい、お安い御用だわ。
それに、生まれながらの世話好き体質な私は、こういうお願い事に弱いのだ。
(了解です。何時にお電話すればいいですか?)
私がメールすると、藤代さんは待っていたかのように即レスしてきた。
(じゃあ6時半でよろしく頼む。電話番号は090・・・・・・・・)
翌朝、私は藤代さんに6時半きっかりに電話をした。
彼女でもないのにこんなことをするのはなんだか気恥ずかしいけれど、頼まれたことはきっちりと役目を果たさなければ。
7回目のコールで藤代さんは電話に出た。
『もしもし。おはようございます。私、永尾千鶴です。覚えてますか?』
『・・・ああ。おはよ。うん。もちろん覚えてるよ。』
眠たげな藤代さんの声が耳元から聞こえてくる。
『朝ですよ。もう6時半です。起きてくださいね。』
『サンキュ。永尾さんのお陰で遅刻せずに済みそうだ。』
『私達のせいでネットカフェに泊まる羽目になってしまって本当に申し訳ありませんでした。』
『・・・いや、それは気にしないでくれ。またメールする。じゃ。』
そう言うと藤代さんは電話を切った。
ん?
また、メールする??